多摩豊
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門倉直人とともにゲームサークル「慶應HQ(Keio Head Quarter Simulation Game Club)」に所属した[1]。1986年には安田均と共に日本初のテーブルトークRPG月刊情報誌「ウォーロック THE FIGHTING FANTASY MAGAZINE」を創刊。編集長の職を1989年11月Vol.35まで務めた。
多摩は東急エージェンシーに勤めていたことから安田は多摩の編集長就任は難しいもの考えていたが、多摩は後述する病を理由に「ぼくはいつまで生きられるか分からない。だから好きなことやります」と応諾した。[2]
その後フリーのゲームデザイナー、評論家として活動し、パソコン通信ニフティサーブのSFフォーラムを管理する初代シスオペでもあった。