大平祥生
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| 大平 祥生 | |
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| 生誕 | 2000年4月13日(25歳) |
| 出身地 |
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| ジャンル | |
| 職業 | |
| 担当楽器 | ボーカル |
| 活動期間 | 2020年 - 2025年[注 1] |
| 事務所 | LAPONEエンタテインメント |
| 公式サイト | JO1 OFFICIAL SITE |
大平 祥生(おおひら しょうせい、2000年4月13日 - )は、日本のアイドル。ボーイズグループ・JO1のメンバー。京都府舞鶴市出身[1]。LAPONEエンタテインメント所属。PRODUCE 101 JAPANにおける最終順位は4位。
EXPG京都校に通い[3]、全日制高校から通信制高校へ編入し卒業した。高校生の時、単身アメリカへ一ヶ月ダンス留学した。
2019年、EXPG京都のオリジナルユニット「EXPG SWORD」に参加。EXILE、三代目J SOUL BROTHERSのメンバー小林直己とのコラボレーション映像作品が投稿された[4]。
2019年、オーディション番組『PRODUCE 101 JAPAN』に出演。川尻蓮、山田聡と共に3人組ユニット「UN backers」を組み、最終投票では4位にランクインし、デビューが決定した[5]。
2020年3月4日、JO1のメンバーとしてシングル『PROTOSTAR』でデビューを果たした。
2023年4月13日、京都府文化観光大使に就任[6]した。
2025年10月15日、所属事務所の規定に反する事案により、当面の間活動を休止することを発表[7]。
人物
趣味・特技
特徴
- キャッチフレーズは、「見た目と中身のギャップ、知りたくない?」[9]、「はんなり天使」。
- 「20歳には夢を諦める」と心に決め、10代最後の挑戦としてPRODUCE 101 JAPANに応募、オーディションを勝ち抜いてJO1のデビューメンバーに決定した。
- メンバーカラーは黄色[10]。
- 願掛けのような自分ルールとして、良い言葉を使うようにしている[11]。
- 夢を掴むために大事にしていることは、"口に出していたら叶う"ということ。「夢を口に出していれば体が勝手に夢を叶えるための方向へと動く」とインタビューで語っている[12]。
- 三代目J SOUL BROTHERSに憧れてダンスを始めた[13]。
- デビューシングル『PROTOSTAR』の表題曲である「無限大(INFINITY)」のMV300万回再生公約で、コスチュームver.のpractice Videoが公開された際には、天使のコスプレを披露[14]。
- 好きな飲み物は、常温の水、イチゴ系の飲み物、タピオカ(特にチョコレートミルクティー)など[15]。
- 自身をJO1の中では「映画タイプ」だと述べている。本人曰く、映画タイプとは『いい映画があったら広めるタイプ』のことであり、メンバーの白岩瑠姫からは「誰でも映画タイプになれる」とつっこまれている[16]。
- ディズニーとジブリが大好き。白岩も同じくディズニーが大好きであり、ホテルの部屋が一緒になった際には2人で『アラジン』を観たり、ディズニーの音楽をかけて東京ディズニーリゾートに遊びに行った気分になったりと、楽しく過ごしていたそう[17]。
- JO1の中でもトップレベルに美容意識が高く、川尻、川西拓実、木全翔也、鶴房汐恩ら複数のメンバーからビューティーアイコンとして名前を挙げられている[18]。また、韓国出身のボーイズグループであるStray Kidsがメロディーを提供した楽曲「YOLO-konde」は、NHKの番組である『This is JO1 ~Go to the Dream~』の楽曲作りプロジェクトにおいてJO1メンバー全員で方向性を話し合って作られた曲であり、パフォーマンス時のメイク演出を大平が担当した[19]。
- メンバーからは「本当にマイペースで猫みたい(川西)」、「一緒にいる時間が長いから本当に弟みたいな感じ(白岩)」、「何でも話せる仲(佐藤景瑚)」、「ステージや表舞台に立ったときのオーラや雰囲気がすごくある(金城碧海)」、「ふわふわな見た目だけど実は結構頑張り屋さん(川尻、木全)」などと評されている[20]。
- 大平と木全、金城、鶴房の4人は全員2000年生まれのミレニアムベビーであり、4人とも名前の頭文字がSであることからファンの間で「S4」と呼ばれ、親しまれている[21]。
- 2020年12月25日に公開された劇場アニメ「映画 えんとつ町のプペル」に出演し、デニス役として自身初の声優に挑戦した。本作品はJO1としてデビュー後、大平が初めて個人で参加した仕事でもある。映画公開初日に行われた舞台挨拶では、製作総指揮・原作・脚本を手掛けた西野亮廣から「大平さんは凄く練習をしてきてくださって、その跡が見えたのでチームが締まった。ヘソを曲げないというか、こっちがどんなリクエストをしても全部誠実に向き合ってくださって最高でした」と称賛された。監督を務めた廣田裕介も「こちらの要望にもガンガン応えようとしてくれて、すごく根性のある方」と述べており、両者から努力を称えられた[22]。