大町 (函館市)
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| 大町 | |
|---|---|
| 町丁 | |
北緯41度46分16秒 東経140度42分50秒 / 北緯41.77111度 東経140.71389度座標: 北緯41度46分16秒 東経140度42分50秒 / 北緯41.77111度 東経140.71389度 | |
| 都道府県 |
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| 市町村 | 函館市 |
| 人口情報 | |
| 人口 | 568 人 |
| 面積 | |
| 0.22 km² | |
| 人口密度 | 2581.82 人/km² |
| 郵便番号 | 040-0052 |
| 市外局番 | 0138 |
| ナンバープレート | 函館 |
大町(おおまち)は、北海道函館市の地名である。同市西部地区に位置し、海岸にそって広がる。音楽ライブや花火大会の会場になっている緑の島もある。郵便番号は040-0052。
同町をはじめとした函館市西部地区は、函館が港湾都市として発展してきたことを端的に表す地域であり、明治時代や大正時代に建設された建造物が数多く残る[1]。函館市の都市景観形成地域に指定されており、伝統的な街並みを維持している[1]。
町名は1791年(寛政3年)にはみられ、基坂から西へ1丁目から4丁目まであったが、1881年(明治14年)に4丁目(弥生坂以西)は弁天町へ譲った。高田屋の本店もあった[2]。
同町にて、1752年に「貞治六年」(1367年、北朝の元号)と年が刻まれた板碑が発見されており(称名寺にある)、他に同市戸井支所(旧・戸井町)で見つかった2つの板碑から、和人は14世紀後半までには蝦夷地に渡って生活をしていたとしている[3]。
旧町丁の概要
- 仲浜町
- 市街地の発展の影響と密貿易の取締のために慶応元年頃埋め立てた地域。町名は明治2年に命名された。明治の中頃、日中貿易が盛んだった頃は華僑が軒を連ねていて「カントン屋敷」と呼ばれた[4]。
- 富岡町
- 1873年(明治6年)よりの町名。元々は「寺町」と呼び浄玄寺(現・真宗大谷派函館別院)、称名寺、実行寺があったことから。これらの寺院は1879年発生の明治12年函館大火で被災し船見町に移転した[5]。
- 鍛冶町
- 町の西端に鍛冶屋があったことから命名された[6]。
- 弁天町
- →詳細は「弁天町 (函館市)」を参照
- 大黒町
- 若狭屋宗太郎が龜田から常盤坂の下に移転した時に豊漁を祈願するために大黒天を祀ったことから命名された。現在、大黒天は実行寺にある[6]。
- 西浜町
- 市街地の発展の影響と密貿易の取締のために慶応元年頃埋め立てた地域。町名は明治2年に命名された[4]。
交通
北海道道457号函館漁港線が町域の中央を縦貫する。道道上には函館市企業局交通部が運営する函館市電が通っており、大町停留場が町域内に所在する。また、山側に並行する山手通には函館バスの路線がある。
- 交通
- 函館市企業局交通部
- 金融機関
- 函館大町郵便局

