大手町 (函館市)
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| 大手町 | |
|---|---|
| 町丁 | |
北緯41度46分10.48秒 東経140度43分32.13秒 / 北緯41.7695778度 東経140.7255917度座標: 北緯41度46分10.48秒 東経140度43分32.13秒 / 北緯41.7695778度 東経140.7255917度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 | 函館市 |
| 人口情報 | |
| 人口 | 640 人 |
| 世帯数 | 450 世帯 |
| 面積 | |
| 0.002 km² | |
| 人口密度 | 320000 人/km² |
| 郵便番号 | 040-0064 |
旧町丁の概要
函館市の旧市街地が乗る砂州上の函館港寄りにある町丁で、函館市役所の前、若松町(函館駅・函館朝市など)の西にある。1965年(昭和40年)に真砂町の全部、鶴岡町・西川町・音羽町・高砂町の一部を合併して成立した[2]。
埋立地・工業地帯であったが(後述)、ホテルが建ち函館観光エリアの一部になった。函館の産業の観光転換は1973年度放映NHK連続テレビ小説「北の家族」の放映がきっかけとされる。関連業者が集まり「北の家族協力会」を立ち上げて便乗商品を作り販売した。順調に観光客と受け入れ先は増えたものの人材不足に悩むようになる。2016年(平成28年)6月のサービスの職業の有効求人倍率は2.02倍と全産業の平均の2倍にもなった。観光に頼る地域の今後が懸念されている[3]。
- 真砂町

真砂町は函館港の埋め立てしてできた町で「浜の真砂」からとった町名と推定されている。造船や鉄工所が多い工業の町だった。函館ドックの前身、函館器械製造所、北洋漁業の象徴とされた日魯漁業(現・マルハニチロ)の旧社屋ニチロビルディング(2023年<令和5年>9月解体が報じられる[4])[5]。
ニチロビルディングには1953年(昭和28年)の開局から24年間北海道放送(HBC)函館放送局が劇場(日魯漁業の講堂を利用。戦前から大きなイベントの会場になっていた)を備えて入居したが、1970年(昭和45年)湯川町に函館市民会館ができてからはメインで使われることはなくなった[6][7]。なお、送信所については中波ラジオはHBC函館ラジオ送信所を、テレビについては函館山テレビ・FM放送所を参照。1950年(昭和25年)から1956年(昭和31年)まで北海道庁渡島支庁(現・渡島総合振興局)が入居していたこともある[7]。
- 西川町
願乗寺川の西側にある町で西側町→西川町となり、1884年(明治17年)4月に蔵前町と竜神町を合わせて(新)西川町になった[8]。1965年(昭和40年)に分割され一部は豊川町になった[9]。 1780年(安永9年)、地蔵町6丁目に漁家が安全を祈り竜神を祭り海神社を建立したので竜神町の地名が起こった。同神社は1873年(明治6年)3月22日に大火(俗称・家根屋火事)で焼失し、同年8月栄町に移転した[10][11]。
- 鶴岡町
- 音羽町
- 高砂町
