太卜令

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太卜令(たいぼくれい)は、古代の中国占いをつかさどった官である。占う方法は、の甲を焼く亀卜と、筮竹を用いるなど複数あった。天文気象による占いは別で、太史令がつかさどった。

二世皇帝は、鹿を馬だと趙高と近臣に欺かれたとき、太卜に卦(筮竹の占い)で占わせた[1]。太卜は祭祀のときの斎戒が不十分だからだと答えた[1]

前漢

奉常(のち太常)の下につき、次官に太卜丞がいた[2]

史記』によれば、前漢では、高祖劉邦が秦の太卜の官を引き継がせた[3]。世襲により技が衰えたたため、武帝が技量によって任命するように改め、人材が充実した[4]。武帝の時代の太卜には、様々に異なる方法をきわめた専門家がいて吉凶を議論した。

しかるに『漢書』「百官公卿表」は、武帝が太初元年(紀元前104年)に初めて太卜を置いたとする[2]

後漢

後漢でも太常の下で、太卜令の秩石は600石であった[5]。後に廃止され、その職務は太史令に含められた[5]

では太常寺の下に太卜署があり、そこに長官の太卜令と次官の太卜丞が1人ずついた[6]。他の職員は、卜師20人、相師10人、男覡16人、女巫8人、太卜博士2人、太卜助教2人、相博士1人、相助教1人であった[6]

の太卜令も太卜署の長官である[7][8]。太卜署では亀、五兆、易、式の四種の占いをおこなった[7][8]

旧唐書』によれば太卜令の品階は従八品下で、正九品の太卜丞が1人、従九品下の卜正と卜博士が2人ずついた[7]

新唐書』によれば太卜令は従七品下。従八品下の太卜丞が2人、従九品下の卜正と卜博士が2人ずついた[8]。令・丞の品階と丞の人数が異なる。

脚注

参考文献

外部リンク

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