太田会
大阪府生野区に本部があった暴力団
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来歴
組長:太田守正
1937年〈昭和12年〉10月24日生。1972年頃に山健組内の健竜会に加入し、長年にわたり同会の副会長を務めたのち、二代目山健組で若頭補佐に就任。更に三代目山健組では桑田兼吉組長の舎弟に直り、舎弟頭補佐を歴任し、2003年から相談役に就任していた。2000年代の後半に至って後藤組の処分問題が発生すると、同組組長の後藤忠政(静岡)、井奥会会長の井奥文夫(神戸)、三代目大門会会長の奈須幸則(熊本)、六代目奥州会津角定一家総長の小野守利(福島)、二代目一心会会長の川﨑昌彦(大阪)、浅川会会長の浅川桂次(大阪)、二代目浅川一家総長の浅川睦男(福岡)とともにこれに連座。除籍処分となり、2008年をもって六代目山口組を追われた。[2]
2015年7月、太田守正は著書『血別 山口組百年の孤独』を上梓[3]。同年12月、神戸山口組四代目山健組相談役に就任[4]。
2016年1月20日、太田興業を再結成して神戸山口組直参に昇格後、神戸山口組舎弟頭補佐に就任した。[5]
→詳細は「太田興業」を参照