奈良学園中学校・高等学校
奈良県大和郡山市にある中高一貫校
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奈良学園中学校・高等学校(ならがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう、英: Naragakuen Junior High School / Senior High School)は、奈良県大和郡山市山田町にある中高一貫教育を行う私立の中学校および全日制普通科高等学校。略称は奈良学園中高、通称は
| 奈良学園中学校・高等学校 | |
|---|---|
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北緯34度38分4.58秒 東経135度44分12.65秒 | |
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人奈良学園 |
| 理念 | 21世紀を拓く、心豊かな若者を育てる |
| 校訓 | 至誠力行 |
| 設立年月日 | 1979年4月1日 |
| 創立記念日 | 6月6日 |
| 創立者 | 伊瀬敏郎 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 中高一貫教育 | 併設型(混合型) |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学科内専門コース |
特進コース 医進コース 文理コース |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード |
C129310000076 (中学校) D129310000118 (高等学校) |
| 高校コード | 29513C |
| 所在地 |
〒639-1093 奈良県大和郡山市山田町430 |
| 外部リンク | 公式ウェブサイト |
概要
沿革
略歴
1970年(昭和45年)、学校法人奈良学園[注釈 2]は、奈良県北部に四年制大学創設構想に伴い、大和郡山市新町1181番地等19筆の土地、95,635㎡の買収を完了[2]。1978年2月23日には、奈良県より、大和郡山市矢田丘陵一帯の校地(郡山校地)の開発許可があり、校地造成および校舎建設工事に着工した[2]。当初、郡山校地は四年制大学創設を意図したものであったが、それに先んじて中高一貫教育を目指した学校を設立することになった[2]。
同年8月24日、奈良県知事に設置認可申請し、翌1979年1月13日には認可された。同年4月1日、奈良学園中学校・高等学校が開校され、4月5日に開校式と入学式が挙行された。入学したのは男子中学生80名、男子高校生55名であった[2]。
遠隔地の生徒もあって下宿通学する状態が生じた為、寮生活によって協働性が培われ、友愛が生まれると言う意味合いもあって、鉄筋3階建て、102人収容の寄宿舎を建設することになった。1980年3月6日に完成し、「青雲寮」と名付けられた。同年4月5日に開寮式を挙行し、45名の生徒が入寮した[2]。
同年10月8日には、柔道場と剣道場を設けた格技場が完成し、「至誠館」と名付けられた。
1982年度より、奈良学園中学校の募集人員は90名から135名に増員された。同高等学校では、開校以来、募集人員は80名であったが、1984年度より180名に増員され、それに伴い、既存校舎(中学・高校棟I)を中学校専用棟にし、高校棟(中学・高校棟II)を新たに建設した[2]。
1989年(平成元年)4月、創立10周年記念事業として第二体育館が落成した。1992年5月31日には、青雲寮北側の校地にサッカー・グラウンドが落成した。
2000年度より、中学校において女子の募集を開始し、男女共学を開始した。男女混成しない学級編成、いわゆる男女併学を採用した。学年進行に伴い、2003年度より高等学校の外部募集を停止し、2005年度まで完全中高一貫校となった。
2006年度より、中学校において、1学級減員した上で「特進コース」と「医進コース」の2つの習熟度別コースを開設[注釈 3]し、男女混成する学級編成に変更[注釈 4]。
同法人による同年11月の関西科学大学の設置認可申請取下げに伴い、奈良市登美ヶ丘の同大学予定地の転用が検討され始め、同地への移転新築計画も検討された。しかし、大和郡山に残してほしいという声も多く、2007年には、2校目の中高一貫教育校の新設が決定された。
同年度より「理数コース」を併置し、高等学校の募集を再開した。
2008年、同大学予定地跡に奈良文化女子短期大学が移転新築され、奈良学園幼稚園、同小学校、ならびに同登美ヶ丘中学校が新設され、翌2009年には同登美ヶ丘高等学校も併設された[注釈 5]。同法人本部と一部の教師は登美ヶ丘へ移転・異動した。
校舎の改築工事完了に伴い、2009年9月から新校舎の供用が開始された。
年表
- 1979年(昭和54年)
- 1980年
- 1982年
- 1983年
- 1月17日 - 中学・高校棟II完成。
- 4月1日 - 高等学校2学級定員増。
- 1984年
- 4月1日 - 中学校1学級定員増。
- 9月20日 - 体育クラブ棟完成。
- 1985年12月25日 - 図書館棟完成。
- 1986年4月1日 - 高等学校1学級定員増。
- 1989年(平成元年)
- 1992年5月31日 - サッカーグラウンド完成。
- 2000年4月1日 - 本館完成。2000年度中学校入学者より、男女共学となる。中学校1学級定員増。
- 2003年 - 2003年度以降、高校募集停止。
- 2006年4月1日 - 2006年度中学校入学者より、医進コースおよび特進コースの2コース制が設置される。
- 2007年4月1日 - 2007年度より高校募集再開し、理数コース併置。
- 2009年
- 2011年
- 2012年
- 3月31日 - オムニコート2面竣工。
- 4月1日 - 文部科学省より、スーパーサイエンスハイスクール指定。
- 2018年4月1日 - 第二期スーパーサイエンスハイスクールに指定。
- 2019年(令和元年)6月6日 - 創立40周年記念式典挙行。
基礎データ
教育課程
特別活動
「科学館ガイドブックづくり」
1996年(平成8年)、本学園理科教諭の工藤博幸が当時担当だった中2生に「入試休みを利用して近畿の科学館をすべて巡ってみないか」との呼びかけで[1]、次第に中2有志からなる「奈良学園中高科学館を愛する生徒の会」が発足。授業で体験談を発表するのと並行して近畿・東京の科学館を約20箇所を見学。1997年4月には『科学館へ行こうヨ!―近畿・東京おもしろガイド』(かもがわ出版)が刊行された。2000年4月には改訂版が発行されている。
放射線の研究
「科学館を愛する生徒の会」により放射線の研究が2003年から継続的になされている。広島市で原爆についての聞き取り調査を行い、第3回はかるくんコンクール(2004年)で優勝(文部科学大臣賞)。2010年度までは被爆地広島の地表の浄化や人々の偏見について調べてきたが、2011年福島原発事故以後は福島県での放射線についての研究発表を行い、福島県立福島高校(2012年に福島県コアSSH認定)と研究交流を行っている。2012年にSSHに認定されて以来、SS研究チーム(放射線研究チーム)を発足させ、日本化学会、日本放射線安全管理学会などの学会で毎年発表を行っている。
新校舎「スクールプロジェクト」
校舎建て替えにあたり、「校舎建て替えを、教育の場として活用できないか」との学校関係者の一言により始まった生徒参加型プロジェクト。開始の2006年12月から竣工の2009年9月までの1000日間、鹿島建設[3][4]・福本設計[5]の協力の下、説明会、グループ活動、アンケート、プレゼンを通して人に理解してもらい、意見をまとめていく。2007年のNG祭(文化祭)での発表の様子はNHKニュースでも全国に放送された。外観や教室レイアウトなどは生徒案であり、校風に合ったプロジェクトとなった。 本プロジェクトは2010年日本建築学会教育賞を受賞した。
学校行事
- 1学期
- 4月 - 中学入学式、着任式、始業式
- 5月 - 遠足(中2-高2)、生徒大会、宿泊オリエンテーション(中1)、中間考査、研修旅行(中3・高2)
- 6月 - 創立記念日(6日)、球技大会
- 7月 - 期末考査、水泳実習(中2)
- 8月 - 終業式(10日)、サマースクール、夏期補習(高3)、振り返り補習(中3・高1)、海外研修(高1)
- 2学期
- 9月 - 始業式、校内実力テスト、NG祭(文化祭)
- 10月 - 中間考査、文化行事(中1・2・高1・2)、体育祭(中学)
- 11月 - 高校球技大会、生徒大会
- 12月 - 期末考査、テーブルマナー(中3・高3)、自由登校(中3・高3)、終業式、冬季セミナー(高2)
- 3学期
部活動
立地
自然環境
校内は野生動物が見られるほど自然環境が豊かである。教室内にハチが巣を作ることもある。校内で見かけられる野生動物として、タヌキ、ニホンノウサギ、ニホンリス、ニホンイタチ、ニホンマムシ、テン、シマヘビ、ウシガエルなどが挙げられる。鳥類ではカワセミ、ウズラ、キツツキなどが見かけられ、ホトトギス、コジュケイ、ウグイスの鳴き声が聞こえてくる。5月頃にはハルゼミが高校棟周辺で鳴く。
またホタル再生プロジェクトの一環で校内には池や人工の川などがあり、毎年ホタルが観察されている。
周辺
学校より数百mほど松尾山を上ると、舎人親王が日本書紀編纂の成功を祈って建立した松尾寺がある。また山をはさんで斑鳩の里にも程近く、徒歩30分くらいで法隆寺、法起寺、法輪寺などに至る。またあじさい寺として名高い矢田寺にも近く、耐寒マラソンである矢田山縦走では矢田寺の境内もコースとなっている。
