奈良輪雄太

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愛称 ナラワ、ナラ、ハム
カタカナ ナラワ ユウタ
ラテン文字 NARAWA Yuta
国籍 日本の旗 日本
奈良輪 雄太
名前
愛称 ナラワ、ナラ、ハム
カタカナ ナラワ ユウタ
ラテン文字 NARAWA Yuta
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-08-29) 1987年8月29日(38歳)
出身地 神奈川県横浜市港南区
身長 172cm
体重 65kg
選手情報
ポジション DF(LSB、RSB)
MF(SH)
利き足 右足
ユース
2000-2005 横浜F・マリノス
2006-2009 筑波大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2010-2012 SAGAWA SHIGA FC 88 (6)
2013-2015 横浜F・マリノス 28 (0)
2016-2018 湘南ベルマーレ 44 (1)
2018 東京ヴェルディ(loan) 42 (2)
2019-2023 東京ヴェルディ 98 (1)
通算 300 (10)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

奈良輪 雄太(ならわ ゆうた、1987年8月29日 - )は、神奈川県横浜市港南区出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー(左右のサイドバック)、ミッドフィールダー(サイドハーフ)。

プロ入り前

横浜F・マリノスジュニアユースから横浜F・マリノスユースに昇格した後、筑波大学に進学しサッカー部でプレー。しかし4年時に負傷をしたこともあり、大学卒業後のプロ入りはならなかった[1][2]

セレクションを経て2010年よりJFLSAGAWA SHIGA FCに加入すると、開幕から右サイドバックとして出場、開幕2戦目の金沢戦において直接フリーキックでJFL初得点を奪う[3] など活躍をみせて、この年のJFL新人王を獲得した[4]。翌2011年も右サイドバックで31試合に出場し、チームのJFL優勝に貢献。2012年も安定した活躍をみせて初のJFLベストイレブンに選ばれる[5] とともに、天皇杯2回戦におけるJ1神戸との対戦では決勝点をアシストした[6] が、この年のシーズン終了とともにSAGAWAは活動を休止し、チームを離れることとなった。

選手時代

横浜F・マリノス

その後練習参加を経て[1]、2013年シーズンからはジュニアユース、ユース時代を過ごした横浜F・マリノスに移籍した[7]。当初は出場機会が得られなかったものの、5月22日のナビスコカップ清水戦に左サイドバックで初めて起用されると決勝点をアシスト、6月30日の鹿島戦では初ゴールを決めた。その後のリーグ戦ではサブ起用が続いたものの、首位攻防となった10月19日の広島戦でドゥトラの代役として先発出場すると、相手の攻撃のキーマンであったミハエル・ミキッチを抑えて完封勝利に貢献し、チームの信頼を高めた[8][9]天皇杯でも準決勝鳥栖戦でフル出場、決勝の広島戦にも途中出場して優勝チームの一員となった。

2014年もサブメンバーでの起用が続きながらも、左右のサイドバックやサイドハーフとして要所で起用され、全試合でベンチ入りするとともにシーズン後半には先発出場も増加した。監督が樋口靖洋からエリク・モンバエルツへと代わった2015年には開幕戦で右サイドハーフとして先発、しかし練習中に左膝内側側副靱帯を負傷し[10]、長期欠場となった。9月にベンチ入りメンバーに復帰し、天皇杯2回戦の滋賀戦では10月11日の再開試合で出場して決勝点をアシストするも、リーグ戦での起用はないままシーズンを終えた。

湘南ベルマーレ

2016年、湘南ベルマーレに移籍[11][12]。サイドバックに加えてに3バック時には左右のサイドハーフなどでも起用され[2]、この年19試合に出場した。4月30日の古巣横浜F・マリノス戦では齋藤学とマッチアップ[2]、チーム初勝利に貢献した[13] ものの、チームは成績不振でJ2に降格となった。2017年も引き続き湘南でプレーし、3月25日の千葉戦では途中出場から、右サイドで後方からの浮き球をボレーシュートで決めJリーグ初ゴールを記録した[14][15]。その後も様々な形で起用され25試合に出場、チームのJ1昇格を支えた。

東京ヴェルディ

2018年、東京ヴェルディ期限付き移籍[16]。シーズン全試合出場を果たし、チームの6位フィニッシュとJ1参入プレーオフ出場権獲得に貢献。チームは決勝でジュビロ磐田に敗れJ1昇格を逃したが、これまでの活躍が評価されシーズン終了後に東京ヴェルディに完全移籍した。

以降はヴェルディに在籍し、2023年にチームのJ1昇格を見届けた後、現役引退を発表した[17]

指導者時代

2024年1月5日、東京ヴェルディのトップチームコーチ就任が発表された[18]

人物

2014年6月に一般女性と入籍[19]。2015年6月に第一子の長女が、2016年8月に第二子の長男が誕生[20][21]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2010SAGAWA
SHIGA
24JFL283-10293
2011311-20331
2012292-30322
2013横浜FMJ11002140161
20141702020210
201510102040
2016湘南1905020260
2017J2251-20271
2018東京V422-00422
2019371-00371
2020240--240
202150-0050
2022150-31181
2023170-20190
通算日本J1 470101100671
日本J2 1654-711725
日本JFL 886-60946
総通算 3001010123133312

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2014横浜FM2440
通算AFC 40

タイトル

クラブ

SAGAWA SHIGA FC
湘南ベルマーレ

個人

指導歴

出典

外部リンク

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