姪浜車両基地
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| 姪浜車両基地 | |
|---|---|
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| 基本情報 | |
| 所在地 | 福岡市西区下山門四丁目1番1号[1] |
| 鉄道事業者 | 福岡市交通局 |
| 帰属組織 | 施設車両部 - 姪浜車両工場 |
| 併設区所 | 教習所 |
| 最寄駅 | 下山門駅(JR筑肥線)[2] |
| 管轄路線 | 空港線・箱崎線 |
| 管轄車両 | 1000N系・2000N系・4000系 |
| 開設 |
1980年(昭和55年)2月 姪浜検車場一部使用開始、10月 本格使用開始[3] 1981年(昭和56年)1月1日 姪浜車両基地発足[3] |
| 車両基地概要 | |
| 敷地面積 | 71,500 m2[1] |
| 構内線路延長 | 8,052.3 m [4] |
| 留置線本数 |
11本 (将来15本) |
| 検査線本数 |
月検査線 1本 列車検査線 2本 |
| 洗浄線本数 |
2本 車体自動洗浄機 1基 |
| その他設備 |
車輪転削線 1本 試運転線 1本 入場線/出場線 各1本 引上線 1本 工場設備:工場整備線(入出場検査場) 1本・工場線 2本・入換機車庫線 1本 材料線(保線機械線) 3本 |
| 年間検修能力 |
列車検査:4 - 5編成/日 月検査:7 - 8編成/月 重要部・全般検査:6編成/年 |
| 最大収容両数 |
102本(6両×17本) 将来の最大収容数:162両(6両×27本) |
| 配置両数 | 156両(6両×26本) |
| 備考 | 出典[5][6][7] |
車両基地開設当初
空港線、箱崎線の車両が所属する。JR下山門駅に隣接している[2]。
姪浜駅とは複線の入出場線で結ばれている。姪浜駅(中心)から姪浜駅車両基地(中心)までの距離は1 km320 mある[8]。入出場線は大部分が平坦(レベル区間)だが、JR筑肥線との立体交差部に30 ‰の勾配がある[8]。将来の車両増備時には、入出場線の北側に高架構造の留置線1本が増設できるよう、高架橋の基礎工事が施工してある(現状は入出場線と引上線の3線構造)[9]。
車両検査業務及び基地施設管理は、JR九州の関連会社であるJR九州エンジニアリング株式会社に委託されており、同社姪浜車両事業所と称している。基本的に地下鉄空港線と箱崎線の電車の検査を担当するが、小倉総合車両センターからの受託扱いでJR九州303系電車・JR九州305系電車の検査を担当することもある[2]。
5年ごとに鉄道の日付近の1日間、一般公開が行われる(姪浜車両基地の公開年以外の年には橋本車両基地が一般公開される)。その際には車両基地内の特設ホームと姪浜駅を結ぶ臨時のシャトル電車が運転される[10]。
建設にあたっては、当地区が水田地帯であったこと、また構内の水害対策として約2.5 mの盛土を行った[11][6]。使用した土砂は約30万6,500 m3に及び、大部分が地下鉄工事で発生した残土でその量は約25万 m3、10 tダンプカーで5万8,000台分にもなった[12]。敷地は長さ約500 m、幅は約170 mを有している[6]。
1981年(昭和56年)7月26日に室見 - 天神間が開通した当初、姪浜駅付近の高架化が建設工事の最中であり、室見 - 当車両基地間が未完成であった[13][14]。このため、当車両基地から地下鉄線との間を車両が入出場を行うべく、姪浜駅近くのトンネル坑口の仮留置線から地上時代で非電化の国鉄筑肥線姪浜駅内を経由して当車両基地を結ぶ仮線(授受線)が設けられた[14][15](トンネル坑口付近は1980年3月に完成済[16]、仮連絡線は1980年7月に完成済[14])。またこの当時、当車両基地の北側には高架化工事のため、筑肥線の仮線路が横切っており、そこから伸びた仮線(授受線)を介して当車両基地と繋がっていた[15]。
これは当時の検査周期で2か月以内に実施する「月検査」を当車両基地で実施するためであった[17]。入出場は1週間に1回の周期で、姪浜駅のトンネル坑口の仮留置線まで車両が自力回送した後、筑肥線の終電後に蓄電池式の機関車BB-1が牽引して入出場を行う方式を採用していた[14]。ただし、1982年(昭和57年)10月20日に姪浜駅が高架化されたことにより、筑肥線を介した回送運転は解消した[17][18][19]。
このほか、西新駅の引き上げ線には列車検査を行うための検査用ピット設備が設けられた[14]。これは当時の検査周期で48時間以内に実施する「列車検査」を実施するためで、車両清掃と営業線対応(故障修繕)も実施していた[14]。このため、西新駅の地下1階には検査員用の事務所と倉庫が設置されていた[14]。期間は本線試運転が始まった1980年(昭和55年)7月から1983年(昭和58年)3月までの3年間で、1日あたり昼間時間帯に3編成、夜間に1編成の列車検査を実施していた[14]。なお、列車検査廃止後も倉庫は残されており、脱線復旧用機材等を準備することで万が一の事態に備えている[14]。
構内
構内は北側(JR筑肥線)寄りから[6]
- 留置線(留1 - 留4番線):将来増設
- 留置線(留 5 - 留8番線):1本に1編成が留置可能
- 留置線(留9 - 留14番線):1本に2編成が留置可能
- 留置線(留5番線):1本に1編成が留置可能
- 検車棟(試運転線除く)
- 車輪転削線:車輪転削盤設置
- 検車庫(検1 - 検3番線):ピット構造の検査線(検1番線が月検査線・検2・3番線が列車検査線)[20]
- 洗浄線(洗1・洗2番線):手洗浄作業台と入出場線寄りに車体自動洗浄機 1基
- 試運転線:延長約600 m、最高速度45 km/hが出せる[6]
- 工場設備
- 整備線(入出場検査場):折り返して入換機車庫がある
- 工場線(工1・工2番線)
- 工1番線:臨時検査用
- 工2番線:定期検査用、手前にシートパンタ場(シート屋根上機器作業場)がある[6]
