宇保町
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地価
歴史
平安時代の末期には、現在の宇保や神田の一帯に、呉庭荘(くれはのしょう)という荘園が存在していた[10][11][12]。1208年(承元2年)3月19日の『女清原氏田地売券案』の中に、「宇保村」の表記が見られる[1][2]。「宇保」の地名には、「私たちの土地」という意味をもつとする説がある[13]。1944年(昭和19年)4月、町名変更が行われ、宇保町および呉服東が宇保町に変更される[14]。1953年(昭和28年)、市立池田病院の看護婦宿舎が宇保町内に移転される[15]。1958年(昭和33年)、日本住宅公団(現在の都市再生機構)により、宇保町から神田町にかけて池田団地が建設される[16][11]。同年、猪名津彦神社の社殿が再建される[13]。
1960年(昭和35年)、一部が城南町二丁目に編入される[1]。1965年(昭和40年)、一部が八王寺一丁目に編入される[1][17]。1966年(昭和41年)、一部が満寿美町に編入される[1][17]。1970年(昭和45年)、一部が城南二丁目、三丁目に編入される[1][17]。1978年(昭和53年)4月、宇保会館が開館される[18]。1979年(昭和54年)11月1日、宇保郵便局が開局される[19]。2006年(平成18年)10月、スタジオ「アイ コミュニオン スペース ポコ」が開設される[20][21]。2020年(令和2年)9月1日、児童発達支援・放課後等デイサービス「ステップ池田」が開設される[22]。