安井重継
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生没年不詳。
安井家は、『前野文書(武功夜話)』によると清和源氏で新羅三郎義光の子孫つまり甲斐源氏だが[10]、『浅野系図』では土岐氏支族の浅野氏の分流となっている[8]。
重継は尾張丹羽郡宮後村の人[11]。父は安井弥兵衛尉重幸[10]または安井勝行[8]とされる。
出生地には、尾張中島郡宮後村、尾張西春日井郡西春村大字北野、近江国浅井郡小谷の3つの説がある[12]。
重継の正室は浅野長詮の娘で、天文16年(1547年)に生まれた息子の長継(後の長政)は[1]、6歳のときに長詮の子長勝(又右衛門)の婿養子となり、浅野長吉(長政)となった[13]。
重継は宮後村の宮後城主で、天文17年(1548年)頃、妹の安井氏が嫁いだ蜂須賀正利は一時期、同城に逃れ住んでいた[14][15]。正利は蜂須賀正勝の父にあたる。
事績は特にないが、元亀元年(1570年)の金ヶ崎の戦いの際、『武功夜話』では木下藤吉郎の足軽隊600余の殿軍に(与力とは別に)駆けつけた者の中に、木下小一郎・浅野又右衛門・林藤兵衛・重継(安井弥兵衛)の名がある[16]。