宍塚
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歴史
江戸期より信太郡の村としてみられる地名で、「完塚」とも書かれた。戦国期は結城氏領、慶長6年(1601年)から常陸土浦藩領、元和3年(1617年)に一時幕府領となったのち、翌元和4年(1618年)から再度土浦藩領となった。[5]
沿革
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、信太郡宍塚村が佐野子村・飯田村・矢作村・下高津村・中高津村・上高津村・小松村および新治郡粕毛村と合併して信太郡中家村が発足。宍塚村は中家村大字宍塚となる。
- 1896年(明治29年)3月29日 - 中家村の所属が信太郡から新治郡に変更。
- 1937年(昭和12年)4月1日 - 中家村が新治郡土浦町に編入。中家村大字宍塚は土浦町大字宍塚となる。
- 1940年(昭和15年)11月3日 - 土浦町と真鍋町が合併し土浦市が発足。土浦町大字宍塚は土浦市大字宍塚となる。
- 2006年(平成18年)2月20日 - 新治村が土浦市へ編入されるのに合わせ、住所表記から「大字」が削除。土浦市大字宍塚は土浦市宍塚となる[6]。
竜巻の襲来
2009年(平成21年)10月8日午前5時頃、台風18号に連動して宍塚で竜巻が発生、2人の怪我人と114棟の住宅被害を出した[7]。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[8]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 一部 | 土浦市立土浦小学校 | 土浦市立土浦第一中学校 |
| 一部 | 土浦市立下高津小学校 | 土浦市立土浦第四中学校 |
