宗接唯人

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1994-07-06) 1994年7月6日(31歳)
身長
体重
183 cm
90 kg
宗接 唯人
JFE東日本硬式野球部 アナライザー
ロッテ時代。左は鶴岡一成コーチ。
(2018年5月26日、ロッテ浦和球場にて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県宍粟郡波賀町(現・宍粟市
生年月日 (1994-07-06) 1994年7月6日(31歳)
身長
体重
183 cm
90 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手一塁手
プロ入り 2016年 ドラフト7位
初出場 2018年6月15日
最終出場 2021年5月28日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

宗接 唯人(むねつぐ ゆいと、1994年7月6日 - )は、兵庫県宍粟郡波賀町(現・宍粟市)出身の元プロ野球選手捕手内野手)。右投右打。

プロ入り前

兵庫県出身で少年時代は阪神ファンであり、矢野輝弘が憧れの選手だった[1]

神戸国際大附高2年秋に三塁手から捕手に転向。2学年上に石岡諒太岡本健、1学年下に小深田大翔蔵本治孝がいる。

亜細亜大進学後は3年からレギュラーをつかみ、第46回明治神宮野球大会で優勝。4年春にリーグ3位の打率.372を記録して優勝に貢献しベストナインを獲得。一部リーグ通算43試合に出場、113打数34安打、1本塁打、21打点を記録。3年上に九里亜蓮嶺井博希、2年上に山﨑康晃薮田和樹大下佑馬、1年上に板山祐太郎藤岡裕大、同学年に木浪聖也、1年下に髙橋遥人北村拓己、2年下に中村稔弥、3年下に平内龍太内間拓馬矢野雅哉がいた。

体重90kgながら50メートル走6秒1という俊足の持ち主で、2016年第65回全日本大学野球選手権大会2回戦では1点を追う2回二死三塁の場面で本盗を決めている[2]

2016年ドラフト会議千葉ロッテマリーンズから7位指名を受け、契約金2500万円・年俸800万円(金額は推定)で入団[3][注 1]。入団発表会見では「打てる捕手になって信頼を得たい。伊東監督のような捕手になりたいです」と話した[4]背番号45

ロッテ時代

2017年、一軍公式戦の出場機会は無かったが、7月13日に草薙球場で行われたフレッシュオールスターゲーム2017戦において、イースタン選抜として出場する[5]。二軍公式戦において66試合に出場し、1本塁打、14打点、打率.200の成績を残す[6]。11月25日から台湾で開催されるアジアウインターベースボールリーグに、NPBイースタン選抜として出場した[7]

2018年、6月15日に一軍登録される。同日の読売ジャイアンツ戦(ZOZOマリンスタジアム)にて8回に代打で出場し、一軍初出場となった。三振で打席を終えた[8]。この年の一軍出場はこの1試合のみであった。

2019年、この年は一軍出場は無く、二軍では91試合に出場した[9]

2020年、この年も一軍出場は無かった。右肩痛もあり、二軍では48試合の出場となった[10]。この年は打撃を活かすため、捕手以外に左翼手としても出場している[11]

2021年、一軍登録されるも3試合のみの出場に終わり、11月2日に球団から戦力外通告を受けた[12][13]

社会人時代

2022年シーズンから、社会人野球JFE東日本でプレーする[14]。なお、2024年シーズン現在は、内野手で選手登録されている。同年シーズン終了をもって現役を引退し、JFE東日本硬式野球部のアナライザーに就任。

人物

愛称は「ムネ[15]

「宗接」は全国に約20世帯、約100人しかいないとされる珍しい名字である[16]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2018 ロッテ 1110000000000000010.000.000.000.000
2021 3110000000000000010.000.000.000.000
通算:2年 4220000000000000020.000.000.000.000
  • 2021年度シーズン終了時

年度別守備成績



捕手一塁


































2018 ロッテ -110001.000
2021 320001.0000110.000-
通算 320001.0000110.000110001.000
  • 2021年度シーズン終了時

記録

初記録

背番号

  • 45(2017年 - 2021年)

登場曲

脚注

関連項目

外部リンク

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