宗族
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概要
同姓不婚[1]の原則に立ち、女系は含まない。宗族の結びつきは、共有財産、そして多くの場合、村外の人には理解できない共通の中国語方言によって強化されている。中国北部の宗族の方が、中国南部の宗族より宗族構造は比較的弱く、氏族のメンバーが同じ村に居住したり財産を共有したりすることは通常ない。
中国では早くから戸(こ)と呼ばれる単位の小家族が一般化し、この戸の把握(戸籍作成)が王朝の政治経済力の源泉となったが、土地を集積して地主として成長した豪族は集積した資産の散逸を防ごうとしたこともあって同族間の結合が強く、儒教や先祖崇拝を核として漢・六朝の豪族勢力は、郷里における累代同居の形をとった。
累代同居は中国では美風と考えられ、義門(義理堅い一族)として表彰されることがある。よく引用される例としては、唐初の張公芸の一家で、九代前からずっと一族が同居を続けてきた。天子の高宗がその家を訪ね、どうすれば多数の一族が同居しておられるか問うたところ、彼は黙って「忍」という字を百あまり書いて呈上したという。
隋・唐ではこの結合は弱まったが、唐末に名族と呼ばれた門閥貴族が没落した後、新興地主ができるだけ没落を防ぐための相互扶助手段として宗族を強化した。族長のもとに族譜[2]を有し、宗祠[3]を設け、族産[4]をおくものが多く、特に華中・華南に普及した。宗族という言葉や理念は儒教・朱子学体制が浸透した朝鮮半島やベトナムにも伝わって、定着している。逆に日本では氏姓社会が比較的維持されたまま、儒教体制を取り入れたために宗族制は形成されずに中国や朝鮮半島とは異なる儒教観・家族観が形成されることとなる。
族譜
宗族社会


宗族社会または宗族協会は、漢民族に見られる社会的関係制度の一種であり、中国の祖先信仰の基本単位である。これらは、同じ宗族に属して同じ姓を共有する人々を集めたものであり、多くの場合、祖籍が同じであるため、同じ守護神を持つ。これらは宗族そのものとは区別されず、むしろその法人形態として見なされている。これらの制度やその具体的な現れは、宗族堂とも呼ばれるほか、主に学術レベルでは儒教教会[5]とも呼ばれるが、この用語には主に別の意味がある。
中国の宗族協会はメンバーに関係(社会的ネットワーク)を提供し、宗族の始祖を祀る祠堂や廟を建設・管理して集会の中心地とし、そこで結束の儀式を行う[6]。
宗族は、メンバーが同じ組織に属していると感じ、集団としてのアイデンティティを強く意識し、共同所有の財産や共有資源から利益を得ているという意味で法人である[7]。その利益は祠堂や生家からの余剰収入に由来し、管理者によって再投資されるか、毎年の配当として分配される[8]。宗族に属する利益は、保護や後援という観点からも測ることができる[8]。祠堂は地元の学校を支援したり、慈善事業を行ったりもする[9]。
異なる宗族は、融合と分裂という相反するプロセスを通じて発展することがある[10]。また、これらは「多宗族地域」として分散・断片化することもあれば、「単一宗族地域」として一箇所に集中することもある[10]。
清代においては、帝国政府は中国の宗族に対し、社会福祉や初等教育などに関連する準政府的な機能の一部を担うよう奨励した[要出典]。
祠堂
外戚
ローマ法上の「宗族」
ユスチニアヌス帝による『法学提要』の説明では、父の血族。
