室蘭劇場
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| 室蘭劇場 Muroran Gekijo | |
|---|---|
| 情報 | |
| 通称 | 室劇 |
| 正式名称 | 室蘭劇場 |
| 旧名称 | 胆振座、室蘭日活館 |
| 完成 | 1914年12月 |
| 開館 | 1966年12月 |
| 閉館 | 1994年8月31日 |
| 最終公演 | 『マーヴェリック』(リチャード・ドナー監督)[1] |
| 収容人員 | (3スクリーン)643人 |
| 設備 |
DOLBY STEREO 35mm映写機 |
| 用途 | 映画上映 |
| 旧用途 | 芝居小屋 |
| 運営 | 須貝興行株式会社 |
| 所在地 |
北海道室蘭市中央町3丁目4-20 須貝アミューズ会館内 (現況はマンション「サンヴェール中央」) |
| 最寄駅 | 室蘭駅 |
| 特記事項 |
完成年月は初代施設の開業時期。開業年月は須貝アミューズ会館の開業時期。 閉館時期について、『ほっかいどう映画館グラフィティー』では1994年8月31日となっているが[1]、SDエンターテイメントの沿革[2]及び『港町キネマ通り』サイト内の記事[3]では1995年となっている。 |
室蘭劇場(むろらんげきじょう、略称「室劇」)は、北海道室蘭市で須貝興行(法人としては現在のSDエンターテイメント)が運営していた映画館である。1914年12月に芝居小屋「胆振座」(いぶりざ)として設立。その後「室蘭日活館」(むろらんにっかつかん)を経て現館名となり、1994年8月31日まで同市中央町3丁目4番地で営業した[1]。
1999年11月20日から同市東町4丁目で営業している「ディノスシネマズ室蘭」(ディノスシネマズむろらん、旧「スガイシネプレックス室蘭劇場」)[3]についても本項で記述する。
胆振座から室劇へ
第一次世界大戦が始まった1914年(大正3年)、当時の室蘭町の鮮魚商、旅館、料亭、小料理屋などが出資し、建築費6,000円をかけて同町千歳24番地に芝居小屋「胆振座」を建設。鈴木金蔵を初代経営者として同年12月にこけら落としを行った[4]。胆振座が出来るまでの室蘭町の興行場は、明治時代に設立した「神田座」(後に神田館→錦座→室蘭大映→室蘭東宝劇場)「大国館」「共楽座」(後に母恋映画劇場)の3館しかなかった[4]。
1915年(大正4年)には初代市川左團次一座、1917年(大正6年)には中村歌右衛門 (5代目)や市川中車 (7代目)が来演する等順調だったが[5]、1920年(大正9年)5月、大国館を経営していた佐藤市太郎に経営譲渡され、日活映画の専門館「日活館」に改称[4]。翌1921年(大正10年)には椅子席750席を設け、市内初の椅子席映画館となった[4]。市制施行された1922年(大正11年)の時点では、室蘭の映画館は当館と神田館、大国館、共楽座、第二大国館、大盛館の6館に増えていた[4]。
終戦後も「日活館」として引き続き日活作品を上映していたが、1955年(昭和30年)7月、須貝興行に譲渡され館名を「室蘭劇場」とする[6]。前年の1954年(昭和29年)、須貝富安によって法人化された同社が[6]、小樽市にあった花園映画劇場(1954年6月8日開業 - 1991年1月31日閉館[7])に続いて札幌市外に出店した映画館でもある。翌1956年(昭和31年)4月には同市中島町に中島映画劇場(中島映劇)を新設し、室蘭における須貝の直営館2サイト体制が確立[4]。日本の映画館数がピークに達した1960年(昭和35年)の時点では、室蘭市の映画館は室劇と中島映劇を含めた17館が存在していた[8]。
アミューズ会館時代
1962年(昭和37年)には工費1千万円を投じた改修工事を行い、同6月21日に道南地方初の70mm映画上映館としてリニューアルしたが[9]、テレビの普及や映画の斜陽化が進む中、1966年(昭和41年)12月に複合レジャービル「須貝アミューズ会館」として全面改築[3][10]。洋画上映館の室蘭劇場とグランド劇場(後にグランドシネマ)、日活専門館のミカド劇場の3スクリーン体制で新たなスタートを切った[11]。その後オイルショックを経た1975年(昭和50年)頃に「シネマアポロン」、1980年(昭和55年)頃に「テアトロポニー」を新設し、アミューズ会館の映画館は5スクリーンに増設。以後『インディ・ジョーンズシリーズ』『E.T.』『バック・トゥ・ザ・フューチャーシリーズ』『トップガン』などの大作・話題作を連発したが、日活ロマンポルノが終焉を迎えた1988年(昭和63年)にミカド劇場とテアトロポニーが閉館し、室蘭劇場・グランドシネマ・シネマアポロンの3スクリーンに減った[12]。
平成改元(1989年1月8日)以降、レンタルビデオの普及やバブル崩壊に加え、苫小牧ファンタジードーム[注 1]やスガイディノス札幌白石[注 2]がオープンする等レジャー産業の多様化が進んだことを背景に、須貝興行は室劇を含むアミューズ会館の閉館を決断。『マーヴェリック』(リチャード・ドナー監督)が最終上映となり、1994年(平成6年)8月31日をもって、胆振座時代から通算して80年に及ぶ歴史の幕を閉じた[1]。会館跡地には地上8階建てのマンション「サンヴェール中央」が2009年(平成21年)3月に竣工し、現在に至る[15]。
スガイシネプレックス〜ディノスシネマ時代
| ディノスシネマズ室蘭 Dinos Cinemas Muroran | |
|---|---|
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「室蘭劇場」の看板が残るディノスシネマズ室蘭(2025年12月撮影) | |
| 情報 | |
| 正式名称 | ディノスシネマズ室蘭 |
| 旧名称 | スガイシネプレックス室蘭劇場 |
| 完成 | 1999年 |
| 開館 | 1999年11月20日 |
| 開館公演 | 『エントラップメント』(ジョン・アミエル監督)[3] |
| 収容人員 | (4スクリーン)480人 |
| 設備 | Dolby 5.1ch、DLP |
| 用途 | 映画上映 |
| 運営 | 佐々木総合管理株式会社 |
| 所在地 |
〒050-0083 北海道室蘭市東町4丁目31番3号 |
| 最寄駅 | 東室蘭駅 |
| 最寄バス停 | 道南バス「汐見」停留所 |
| 外部リンク | ディノスシネマズ室蘭 |
初代室劇の閉館をもってJR室蘭本線(支線)の終点に当たる室蘭駅周辺から従来型の映画館が消滅し、市内の映画館は東室蘭駅が最寄となる中島映劇・シネマロキシと成人映画館のテアトルプチ[注 3]の2サイト・3スクリーンに激減。更に函館市にシネマアイリス(1996年)、苫小牧市にシネマ・トーラス(1998年)といった市民映画館(ミニシアター)がオープンし、札幌市外でもアート系作品が頻繁に上映されるようになる。そうした状況の中、同市東町4丁目の室蘭グランドボウル[注 4]に隣接する建物に4スクリーンの映画館「スガイシネプレックス室蘭劇場」が1999年(平成11年)11月20日にオープンし、室劇の名称が5年ぶりに復活[3]。これに伴い中島映劇・シネマロキシは2000年2月4日に区画整理を理由として閉館[3]。跡地にはファミリーマート室蘭中島店(2016年まではサンクス室蘭中島店)が建った[18]。
その後須貝興行から社名変更したスガイ・エンタテインメントはゲオグループの傘下となり、社名をゲオディノスに変更。同館も2010年4月1日付でディノスシネマズ室蘭に改称したため、再び室劇の名前が消えたが[19]、正面入口は2025年時点でも室蘭劇場の名前が残っている。以後、紆余曲折を経て2022年(令和4年)10月1日付で佐々木興業とGENDA GiGO Entertainmentが出資するディノスシネマへと運営譲渡したが[17]、2025年(令和7年)8月1日付で佐々木総合管理(佐々木興業のグループ会社)へ吸収合併。そして2026年(令和8年)3月2日、同年8月31日付をもってディノスシネマズ室蘭とGiGO室蘭店(旧スガイディノス室蘭)を閉館することを発表[17]。同じ佐々木総合管理が手掛けたサツゲキ(札幌市)も同年3月29日で閉館しており、道内における佐々木興業グループの映画館は苫小牧市のディノスシネマズ苫小牧(イオンモール苫小牧内)を残すのみとなる[17]。