家系ラーメン
神奈川県横浜市発祥の豚骨醤油ベースで太いストレート麺を特徴とするラーメン
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概要
豚骨および鶏ガラから取った出汁に濃口の醤油ダレと鶏油(チーユ)を合わせた豚骨醤油ベースのスープを特徴とし、中太で短めのストレート麺に、具材として刻みネギとほうれん草等の青菜、チャーシュー、大きい真四角の海苔を3枚乗せる構成[3]が一般的とされる[4][5]。多くの店舗では、麺のかたさ・味の濃さ・鶏油の量を客の好みに応じて調整できるオーダーシステムが採用されている[2][4]。
家系ラーメンという名称は、「吉村家」を起点として、のれん分けや派生店の増加により広がっていった。その多くの店舗名に「〜家(~や)」と付いていたことから、「家系(いえけい)」という通称が定着した[1]。家系ラーメンを出す店は、2025年3月時点で国内に約2,000店舗弱と推定され、そのうち神奈川県内には400店舗以上あるとされる[4][6][注釈 1]。横浜市内でも、元祖家系の吉村家や六角家等がある西区や神奈川区などをはじめとする横浜都心部周辺が家系ラーメンの激戦区として際立っている。かつて「吉村家」「本牧家」「六角家」の3屋号が「家系ラーメン御三家」と呼ばれていた[8]。
歴史
→「吉村家」および「六角家 (ラーメン店)」も参照
- 黎明期

- 吉村家創業者の吉村実は、宮大工や床屋の見習いなど、様々な職を転々とした後、長距離トラックの運転手を務めていた[9]。「九州の豚骨と東京の醤油を混ぜたらうまいんじゃないか」と思い立ち、東京のラーメン店で3年間修業した後[10]、1974年9月に横浜市磯子区新杉田の磯子産業道路沿いに吉村家を開店した[注釈 2]。吉村の次男で厚木家店主の吉村政紀によれば、吉村は京浜トラックターミナル(東京都大田区平和島)内にあったラーメンショップで働いていたと述べている[12]。
- また、店舗が石川島播磨重工業(現・IHI)をはじめとする工場密集地帯という立地だったことから、京浜工業地帯で働く工場労働者やトラック運転手の間で評判になり広まり[13]その後、1986年に新たに吉村家の2号店として横浜市中区本牧間門に本牧家を開店するほどの賑わいをみせた[注釈 3]。その当時店長を任された神藤隆はラーメンの味の方針で吉村と対立、1988年に独立して東白楽駅近くに六角家を開業した。さらに本牧家の従業員の一部も六角家へ移籍したため、吉村は本牧家を一時営業休止とした。この対立は新聞でも報じられた[13]。
- 拡散期
- 1994年3月の新横浜ラーメン博物館の開業から2003年5月まで、「六角家」が地元横浜代表のラーメンとして出店していた[15]。また、本牧家や六角家にいた近藤健一が関わった横濱家などは、横浜市北部でチェーン展開した。このとき、弟子や孫弟子の店が神奈川県から全国に広がり、第一次家系ブームとも呼ばれるようにもなった。さらに1999年9月、吉村は新杉田の創業店舗を閉店し、横浜駅西口に移転。同時に当時修行していた津村進と石川聡を共同経営者として指名し、旧店舗の近隣に「杉田家」を開店。これが直系1号店[16]となり、以後、吉村は自ら技術継承を行い、その技術を認めた店舗のみを「直系」と認定するようになった。
- 家系の“ジャンル化”
- 吉村家から独立・派生した店舗は横浜市内を始めとする関東近郊に広がり、さらにそれらの店舗から輩出する孫弟子の店舗にも「○○家」の屋号を冠するラーメン店が増加した。これらの店舗は、いずれも類似したラーメンを提供しており、その系譜はまるで家系図のように広がっていったことから、「家系ラーメン」という呼称が定着し、横浜発祥のご当地ラーメンとして全国的に知られるようになった。また、多様化した家系のジャンルの中で、ラーメン専門誌をはじめとするラーメン愛好家の間では初期の家系ラーメンのスタイル[注釈 4][注釈 5]を継承した店などを「クラシック系」[18][19]、吉村家に一度も属さずに独自開店した壱六家の流れをくむ店は「壱系」[20]、部分的にではあるが六角家の流れをくむ新中野武蔵家をはじめとする武蔵家等[21]は都内近郊で多くの支店や系列店を精力的に出店するなど、直系店とは異なる独自の味として評価される為「武系」や「新中野系」[22]などと区別されることもある。これらの店舗群は連鎖的な姉妹店や独立店の展開や、独自ののれん分けを通じて急速に全国に知名度を拡大した。この爆発的な普及により「家系ラーメン」の定義は変容し、そのスタイルを模倣したラーメン全般を指す広義のジャンルとして定着するに至った。
- 「資本系」の台頭

資本系とされる町田商店のラーメン - 2010年代中ごろからは大手外食産業等が吉村家やその他の家系店舗とは全く無関係に同系統のラーメンを提供する店舗が展開され、これらは「資本系」と呼ばれるようになる[1]。「資本系」のブランドとしては、企業再生型M&Aを手がけるガーデンが東京近郊を中心に展開する「壱角家」[23]、「壱六家」出身の創業者が全国展開するギフトホールディングスの「町田商店」[24]、家庭用ゲームソフト・ハードの販売買取・卸売、飲食店経営などの事業を行うトイダックの「魂心家」などが挙げられる。これらの「資本系」の多くは、店舗内で一からスープを炊く店舗と異なり、セントラルキッチンで作られた既成スープを加熱し調理する[1]。既存のラーメンチェーン店などでも採用される調理法だが、このようなスープは常にブレが無く安定し、店舗によっての味の差異が少ない[8]。そのため大量の豚ガラや鶏ガラを絶えず炊き続けることで生まれる、店内炊き特有のフレッシュな味わいとは異なり、一度冷却してコラーゲンを凝固させ、それを再加熱して乳化させる工程を経るため、ポタージュのような独特のクリーミーさやトロミが強調される傾向にある。
ラーメンの特徴と製法
- スープ
- 家系ラーメンのスープは、豚骨および鶏ガラを主体とした出汁をベースにした醤油豚骨味が特徴である。スープの表面には鶏油が浮かび、この鶏油は、鶏由来の芳醇な香りと濃厚さをスープにもたらし、家系ラーメンの味の決め手とも称される[25]。また製法も豚骨ラーメンと異なり、寸胴鍋に大量の豚骨と鶏ガラを入れて長時間炊き出し、煮出しの過程では、髄液やコラーゲンを効率的に抽出するため、「コミガラ(雑ガラ、ミックス骨とも呼ばれる)」を段階的に追加し、成分が出切ったものは新しいガラに順次入れ替えていく。この工程を繰り返すことで、スープにはフレッシュさと熟成感が同時に生まれる。また、ラーメン評論家の山路力也氏によれば、店舗によってスープの仕上がりには差異があるとされ、いわゆる「直系」と呼ばれる吉村家をはじめとした店舗では、濃厚な豚骨スープに、醤油ダレのパンチとキレのある味わいが特徴と述べている[26][27]。 また、六角家や本牧家などの系譜を「クラシック系」と分類している。山路によれば、この系譜では出汁・カエシ・鶏油のバランスが重視されており、よりマイルドで丸みのある風味を呈するという[28]。
- かえし
- 家系ラーメンのかえしは醤油ベースの味が基本とされており、通常の豚骨ラーメンとは異なり、キレのある濃厚な醤油ダレが特徴。基本的には濃口醬油とみりんやうま味調味料などの調味料を配合する。吉村家などの直系店舗では、ヤマサ醤油をベースにしていることが知られている[29]。
- 麺
- 製麺所によって差異はあるが、共通する特徴として、中太のストレート麺が特徴で、通常の中華麺よりコシが強い[30]。
- また、有名な製麺所の一つである酒井製麺では、通常の中華麺とは逆に麺の厚さを幅よりも厚くした「逆切り麺」を用いている。「逆切り麺」を用いることで、スープとの絡みが良くなり、茹で時間が短くなるといった利点がある。見た目としては、短く製麺され、麺が上下にやや押しつぶされたような長方形の断面をしており、上下面は目が詰まっているため水分が入りにくくコシを保ち、側面はスープをよく吸う構造となっている[31]。ただし、この逆切り製法は製麺機に負担をかけるため、量産が難しく、同様の手法で製麺を行っている製麺所は少数に限られる[32][33]。
- 家系ラーメン店では製麺所の名が入った麺箱が店頭や店内に積まれることが多く、そこからどこの製麺所の麺を使用しているかを知ることができる。
- 酒井製麺 - 東京都大田区西糀谷
- 王道家 - 千葉県柏市明原
- 元々は吉村家直系のラーメン店。2011年に酒井製麺の使用を中止し、吉村家直系を離れて自家製麺の導入を決定[35]。王道家の自家製麺は、従来使用していた酒井製麺の麺を模して開発されたものである。現在では全国約20店舗の王道家系列の家系ラーメン店に卸されている。
- 四之宮商店 - 神奈川県平塚市四之宮
- ギフトホールディングスの自社製麺工場。自社ブランドの「町田商店」やそのプロデュース店舗のみならず、様々な家系ラーメン店に麺を卸す。
- 大橋製麺多摩 - 川崎市多摩区宿河原
- 長多屋製麺 - 横浜市南区二葉町
- 増田製麺 - 神奈川県横須賀市平作
- 三河屋製麺 - 東京都東久留米市八幡町
- 菅野製麺所 - 東京都大田区西蒲田
- 丸山製麺所 - 横浜市中区山田町
- トッピング
- チャーシュー、海苔、ほうれん草等の青菜が標準でトッピングされるのが一般的である[4][36]。「壱系」とも呼ばれる壱六家、またはその流れをくむ店はウズラの卵が標準でトッピングされている。 チャーシューは店舗によって様々な個性があり、吉村家直系店舗では豚モモ肉を使用し、ハムのような燻製の香りが漂うスモーキーの風味が特徴。
- 湯切り
- 家系ラーメンにおける麺上げ(湯切り)は、一般的なラーメン店で使用される「テボ」(深型の丸ザル)ではなく、「平ざる」を使用するのが伝統的な特徴である。これは創業者である吉村実のこだわりを継承したものであり、吉村家直系店舗や古くからの伝統を重んじる老舗店舗の多くは、現在も平ざるによる麺上げを行っており、平ザルの柄を鉛筆を持つように片手で握り、箸を一切使わずに寸胴鍋から麺をすくい上げて湯切りを行う技法が採られている。テボとは異なり、茹でムラが少なくなるメリットはあるが、適切な湯切りができないため、正確な分量感覚と手さばきが不可欠である。また、この湯切り技法の習得には相応の修練が必要とされており、吉村家直系店舗等では一人前として任されるまでには通常数カ月を要するとされている[37]。 一方で、調理の簡略化やオペレーションの効率化を目的として、テボを採用する店舗も多く存在している。
- 味のカスタマイズ
- 注文時に「麺の硬さ(硬め・普通・柔らかめ)」「味の濃さ(濃いめ・普通・薄め)」「鶏油の量(多め・普通・少なめ)」を選択できる[2][4][38]。
- また、卓上には豊富な味変用の調味料が用意されている。店舗によってもバリエーションが異なるが、一般的な家系ラーメン店では、おろしニンニク、おろしショウガ、豆板醤、コショウ、酢などが定番として置かれており、吉村家直系店舗等では、通常のおろしニンニクと異なる行者にんにくや、刻みショウガ、ニンニクチップ、ニンニク酢、富士食品工業の粗挽きトウガラシなどの多種多様な卓上調味料やトッピングが置かれている。
- ライス
- 家系ラーメンでは、ライスを付け合わせとしてメニューに記載する店舗がほぼすべての店で存在し、実際にラーメンとともにライスを食す客も多い。そのため、一部の店舗ではライスとラーメンを組み合わせた具体的な食べ方を案内する例も見られる。ライスの提供が定着した背景には、新杉田時代の吉村家における肉体労働者向けの「ラーメンライスセット」が源流とされる。1990年代後半には、既に家系ラーメン店のおよそ半数でライスがメニューに加えられていたという。代表的な食べ方としては、ラーメンのスープに浸した海苔で白飯を巻くスタイルが広く知られている。この食べ方は吉村家の初期常連客によって自然発生的に始まったものであり、後に全国の家系ラーメン店へと広まっていったとされている。
