寒天培地
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微生物の培養において初期に使われたのは、さまざまな栄養素を含んだ水溶液、いわゆる液体培地であった。液体培地の欠点の一つは、雑菌の混入(コンタミネーション)に弱いことである。混入してくることを防ぐのはどのような方法でも簡単ではないことに変わりがないのであるが、液体培地の場合、混入してきた事そのものがわからない場合があり、それが判明したとしても、混入した雑菌などを除去するのも、本来の目的だった生物をそこから確保することも難しい。その点を改良したのが固体培地である。固体であれば、その表面に落ちた微生物が繁殖しても、多くの場合にはその点を中心としたコロニーを作るので、その部分だけ切り捨てコンタミを排除したり、培養対象を取り出して再び純粋に培養し直すことも可能である。
他方、液体培地では、どのような成分を添加するかの自由度が大きく、さまざまな処方が自由に作れる。しかし、ジャガイモを切り取って使うなど、既成の固形物を培地にするのでは、その点が不自由である。そこで、液体培地を何らかの物質によって固めてしまう方法が考案された。当初はゼラチンなども用いられたが、寒天がその目的に非常に便利であることが判明し、現在のように広く使われることになった。同時に、寒天培地を充填して使用する容器として、シャーレ(ペトリ皿)も開発された。これらの微生物培養技術の改良は、おもにロベルト・コッホの下で行なわれたものである。
寒天培地の利点
寒天を培地の固体化に利用するのは、微生物研究に使用する上で、非常に優れた性質があるからである。
- 寒天は、溶液のpHを極端に上下させる物質でなければ、たいていの水溶性物質を溶け込ませ、固化させることができる。このことは、さまざまな液体培地を、寒天を加えることで固体培地として使えることを意味する。
- 寒天を分解する能力のある生物がほとんどいない。したがって、さまざまな微生物を培養する場合に、途中で分解されて液化してしまうことが少ない。
- 寒天は高温でも化学的に安定で、培地に加えたままオートクレーブ滅菌 (121 °C) が可能である。加熱によって分解されないため副生成物をほとんど生成せず、またもともと化学的に純度の高いものが得られやすいために、微生物の生育や検査試験の結果に誤差が出にくい。
- 純度が高い寒天は無色透明であり、培地上に成長する微生物を観察する上で非常に便利である。また、柔らかいが弾力があるため、刃物で切ったり削ったりといった加工もしやすい。混入した微生物があってもそれを確認がしやすい上、その部分を除去するのも比較的簡単である。また、カビなどの場合、寒天上に成長するものを、そのまま切り取って封入してプレパラートとすることもできる。
- 寒天はおおむね 96 °C で融解し、冷やすと 60 °C 以下で固まる。比較的低温で固化するこの性質のため、固まる寸前の寒天に生きた微生物を混入し、寒天内に混ぜ合わせてから固化させる混釈による希釈平板法を行うこともできる。土壌などに混在している細菌数の測定などでは有効な技術である。
寒天そのものは、多糖類ではあるが上記のようにほとんどの生物がこれを分解できないために、実質的には栄養源としては利用されることがなく、一般には他の栄養素を追加することで培地として利用が可能になる。しかし、試料に含まれる栄養分のみで十分な場合など、寒天のみの培地が使われる例もある。
他に、このような性質を生かして、生物研究の道具として寒天を利用した例は数多い。有名な例として、発生学でのヴァルタ―・フォークトの局所生体染色法、植物生理学での新芽の先のオーキシンの移動を見る実験などがある。
分類

左:蓋を閉めた状態
右:蓋を開けた状態

中:半斜面培地
右:高層培地
寒天を含む培地には、その寒天の濃度によって、約1.5%(液体培地1Lに1.5gの寒天を加える場合もある)の濃度で加えて完全に固形化したもの(固形培地)と、0.2-0.4%の濃度で加えて半流動状態にしたもの(半流動培地)がある。また、この他にも目的に応じて寒天の濃度を変えたものも存在する。
用いる容器や、固化させた後の形状によって、平板培地、斜面培地、半斜面培地、高層培地に分類される。
- 平板培地(へいばんばいち)
- シャーレを用いて作った固形培地で、微生物の分離や培養に最も広く用いられる培地の一つである。
- 斜面培地(しゃめんばいち、スラントとも呼ぶ)
- 試験管内に斜面をつくるように固めた固形培地で、表面積が広く、また外部からの雑菌の混入を減らしやすいという特徴から、好気性の微生物を純粋培養し、保存するときに用いられる。
- 半斜面培地(はんしゃめんばいち)
- 試験管に入れた培地の上部の約三分の一から四分の一が斜面になった固形培地である。使用頻度は低いが、TSI寒天培地など鑑別培養のための培地の一部が、半斜面培地として用いられる。
- 高層培地(こうそうばいち)
- 試験管を直立させた状態で固めた半流動培地または固形培地である。半流動高層培地は、好気性から(偏性)嫌気性まで、幅広い微生物の純粋培養と保存に繁用される他、病院で患者から得られた検査材料を直接、穿刺(せんし)して輸送や培養を行うことがある。また鑑別培養に用いる場合、高層の上面部分と底部の酸素濃度の違いを利用して、その微生物の酸素要求性を検討したり、運動性のある微生物が半流動培地中を泳いで広がることを利用して、微生物の運動性を検討するために用いられる。固形高層培地としては鑑別培養に用いられるものに一部見られるが、その例は少ない。
使用目的の点からは、複数の微生物が含まれている材料や野外試料から微生物を分離するために使われる分離培地、微生物株を継続培養するための培養培地、特定の微生物を見分けるために生化学的な性状を調べるための鑑別培地がある。分離培地のうち、ある微生物だけが使う栄養源や他の微生物の増殖を抑える物質を加えて、特定の微生物だけが選択的に増殖するようにしたものを選択分離培地と呼ぶ。

