将門記
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題名について
写本
- 真福寺本
『真福寺本』は名古屋市の宝生院(真福寺)に伝わるもので、大須本、真本ともいう。 承徳三年(1099年)に書き写したという意味の奥書がある。 巻首を除いてほぼ全文が残る唯一の写本。 返り点や振り仮名、声点なども加筆されていて、国語学上の重要な資料とされる[5]。1905年(明治38年)に当時の古社寺保存法に基づく旧国宝に指定された[注釈 1](1950年の文化財保護法施行以後は重要文化財)。
- 楊守敬旧蔵本
『楊守敬旧蔵本』は、明治時代初期に来日した清国人の楊守敬が所持していたとされるもので、楊本ともいう。 真福寺本に比べて欠落部分が多い残欠本である。 現在は日本の個人が所有するが、楊守敬に渡った経緯も日本に戻った経緯も不明である。 『弁中辺論』という経典の紙背に書写されている[5]。 1943年(昭和18年)に当時の国宝保存法に基づく旧国宝に指定された(1950年の文化財保護法施行以後は重要文化財)[注釈 2]。
山田忠雄は両写本を比較研究し
楊守敬本は真福寺本と比較して行数に換算して5/8ほどの分量で、248項の異文が認められる。 誤字脱字は双方にあり相補うものがあるが、真福寺本には冗句を省き字句を整えようとする傾向がある。 楊守敬本の筆致は自由奔放、稚拙粗剛であるが、真福寺本は丁寧で清書本の趣がある。 また、楊守敬本には改変添削の跡が見られ、草稿本の趣がある。 楊守敬本には「去」という連体修飾語を冠して乱当時を回想する際に時間を意識させようとする意図が見受けられ、乱に近い書き方と推察できる。
としている[6]。