小田妻町
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河川
- 瀬戸市の北西部に位置する[8]。西をさつき台・すみれ台・ふじの台・ゆりの台・本郷町、北を日の出町・中水野町、東を上本町、南を上松山町・北松山町と隣接している[8]。
- 1丁目は大規模な団地造成が進み、県営瀬戸住宅・病院などがある[8]。
- 2丁目は市の総合運動施設をもつ市民公園が大部分を占める[8]。
- 唐沢川(水野川支流) : 町の西部を北流している。
- 小田妻川(唐沢川支流) : 町の南部から西部に向かって北流し、唐沢川に注ぎ込んでいる。
- 海老弦川(唐沢川支流) : 町の北東端を東流し、唐沢川に注ぎ込んでいる。
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[9]。また、公立高等学校普通科に通う場合の学区は以下の通りとなる[10]。
| 町丁・丁目 | 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|---|
| 小田妻町1丁目 | 全域 | 瀬戸市立水野小学校 | 瀬戸市立水野中学校 | 尾張学区 |
| 小田妻町2丁目 | 全域 |
歴史
世帯数と人口
2024年(令和6年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[5]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 小田妻町1丁目 | 142世帯 | 274人 |
| 小田妻町2丁目 | 0世帯 | 0人 |
| 計 | 142世帯 | 274人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移
| 1995年(平成7年) | 571人 | [18] | |
| 2000年(平成12年) | 619人 | [19] | |
| 2005年(平成17年) | 572人 | [20] | |
| 2010年(平成22年) | 557人 | [21] | |
| 2015年(平成27年) | 538人 | [22] | |
| 2020年(令和2年) | 448人 | [23] |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 1995年(平成7年) | 132世帯 | [18] | |
| 2000年(平成12年) | 141世帯 | [19] | |
| 2005年(平成17年) | 139世帯 | [20] | |
| 2010年(平成22年) | 138世帯 | [21] | |
| 2015年(平成27年) | 142世帯 | [22] | |
| 2020年(令和2年) | 132世帯 | [23] |
交通
施設
- 旧・名古屋法務局瀬戸出張所 : 1888年(明治21年)11月5日に名古屋治安裁判所瀬戸出張所として開設され、1949年(昭和24年)6月1日に名古屋法務局瀬戸出張所となる[24]。国の行政組織等の減量、効率化等の基本計画に沿って、2009年(平成21年)11月20日をもって閉庁となった[24]。2023年現在、証明書の交付事務は、瀬戸市役所にある名古屋法務局瀬戸証明サービスセンターで行われている[24]。
- 瀬戸市立水野小学校[8] : 1873年(明治6年)4月1日創立[25]。尾張藩校明倫堂の分校興譲館を源としている[25]。2022年(令和4年)5月1日現在の児童数は487人、教員数は37人[26]。
- 瀬戸市民公園[8] : 上本町、上松山町にまたがって整備されている運動公園。当町内には、北テニスコート・野球場・陸上競技場がある。
- 水野介護医療院・水野クリニック(旧 水野病院[8]) : 医療法人宏生会が経営している[27]。診療科目は内科・歯科・リハビリテーション科[27]。病床数は100床[27]。
- イズモ葬祭 中水野 : 一日一件限定の葬儀会館[28]。60席のホール、会食室、応接室などを有する[28]。駐車場は40台収容[28]。
- 地下軍需工場跡(史跡) : 太平洋戦争末期に造られた愛知航空機の瀬戸地下工場の跡地[29]。出入口の一部を除いて崩落しているが、貴重な戦争遺跡として、市民団体によって保存活動が続けられている[29]。
