小田妻町

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小田妻町
小田妻町交差点
小田妻町交差点
小田妻町の位置(愛知県内)
小田妻町
小田妻町
小田妻町の位置
北緯35度14分28.0秒 東経137度4分35.2秒 / 北緯35.241111度 東経137.076444度 / 35.241111; 137.076444
日本の旗 日本
都道府県 愛知県
市町村 瀬戸市
地区[1] 水野連区
町名制定[2] 1964年昭和39年)10月1日
面積
  合計 0.590544889 km2
標高 105.2[注釈 1] m
人口
2024年令和6年)1月1日現在)[5]
  合計 274人
  密度 460人/km2
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
489-0067[6]
市外局番 0561(瀬戸MA[7]
ナンバープレート 尾張小牧

小田妻町(おだづまちょう)は、愛知県瀬戸市水野連区の町名。現行行政地名は小田妻町1丁目と2丁目。

河川

  • 唐沢川(水野川支流) : 町の西部を北流している。
  • 小田妻川(唐沢川支流) : 町の南部から西部に向かって北流し、唐沢川に注ぎ込んでいる。
  • 海老弦川(唐沢川支流) : 町の北東端を東流し、唐沢川に注ぎ込んでいる。

学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[9]。また、公立高等学校普通科に通う場合の学区は以下の通りとなる[10]

町丁・丁目番・番地等小学校中学校高等学校
小田妻町1丁目全域瀬戸市立水野小学校瀬戸市立水野中学校尾張学区
小田妻町2丁目全域

歴史

町名の由来

江戸時代徳川吉宗が将軍に就いたとき、御三家筆頭格の尾張藩が将軍になれなかったことに怒り、紀伊藩参勤交代尾張国を通過しようとしたときに、水野村に兵馬を集めて大演習を行い脅しをかけたという。この演習で藩主のいた場所を御立馬おたつまと呼んだのが後年小田妻となったと伝えられている[11]

沿革

 4月1日 - 町域の一部がさつき台1〜5丁目・すみれ台1〜5丁目・ひまわり台1〜5丁目・はぎの台1〜4丁目・ききょう台1〜3丁目・ゆりの台となる[12]
 7月1日 - 町域の一部が日の出町となる[13]
  • 1981年(昭和56年)6月6日 - 1・2丁目を設置。町域の一部を本郷町に編入する[14]
  • 1984年(昭和59年)5月1日 - 小田妻町の一部[注釈 2]をすみれ台5丁目・山手町・松原町3丁目・水南町・北脇町・東横山町に編入する[15]。2丁目の一部を上松山町2丁目・北松山町2丁目に編入する[16]
  • 1988年(昭和63年)11月21日 - 1丁目の一部がふじの台1〜3丁目となる[17]

世帯数と人口

2024年令和6年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[5]

町丁世帯数人口
小田妻町1丁目 142世帯 274人
小田妻町2丁目 0世帯 0人
142世帯 274人

人口の変遷

国勢調査による人口の推移

1995年平成7年) 571人[18]
2000年(平成12年) 619人[19]
2005年(平成17年) 572人[20]
2010年(平成22年) 557人[21]
2015年(平成27年) 538人[22]
2020年令和2年) 448人[23]

世帯数の変遷

国勢調査による世帯数の推移。

1995年(平成7年) 132世帯[18]
2000年(平成12年) 141世帯[19]
2005年(平成17年) 139世帯[20]
2010年(平成22年) 138世帯[21]
2015年(平成27年) 142世帯[22]
2020年(令和2年) 132世帯[23]

交通

鉄道

愛知環状鉄道愛知環状鉄道線 : 町の西部を南北に走っている[注釈 3]。最寄り駅は瀬戸市駅中水野駅になる。

バス

名鉄バス水野循環線

  • 【20】【21】【22】【23】陶生病院 - 瀬戸市民公園 - 中水野駅 - 水野団地 - 新瀬戸駅 - 陶生病院 系統が走っているが、町内にバス停はない。最寄りのバス停は、瀬戸市民公園バス停水野支所前バス停本郷町バス停ふじの台西バス停になる。

瀬戸市コミュニティバス下半田川線

  • 陶生病院 - 中水野駅 - 定光寺公園 - 妻之神 系統

瀬戸市コミュニティバス「曽野線

  • 新瀬戸駅 - 中水野駅 - 曽野 - しなのバスセンター 系統
以上、2路線共通 : 小田妻バス停ゆりの台バス停

道路

国道155号[8] : 町の西部を南北に通っている。

施設

About OpenStreetMaps
Maps: terms of use
750 m
8
7
6
5
4
3
2
1
略地図
1
旧・名古屋法務局瀬戸出張所
2
瀬戸市立水野小学校
3
市民公園 北テニスコート
4
市民公園 野球場
5
市民公園 陸上競技場
6
水野介護医療院・水野クリニック
7
イズモ葬祭 中水野
8
地下軍需工場跡(史跡)
  • 旧・名古屋法務局瀬戸出張所 : 1888年明治21年)11月5日に名古屋治安裁判所瀬戸出張所として開設され、1949年昭和24年)6月1日に名古屋法務局瀬戸出張所となる[24]。国の行政組織等の減量、効率化等の基本計画に沿って、2009年平成21年)11月20日をもって閉庁となった[24]2023年現在、証明書の交付事務は、瀬戸市役所にある名古屋法務局瀬戸証明サービスセンターで行われている[24]
  • 瀬戸市立水野小学校[8]1873年(明治6年)4月1日創立[25]。尾張藩校明倫堂の分校興譲館を源としている[25]2022年令和4年)5月1日現在の児童数は487人、教員数は37人[26]
  • 瀬戸市民公園[8] : 上本町、上松山町にまたがって整備されている運動公園。当町内には、北テニスコート・野球場・陸上競技場がある。
  • 水野介護医療院・水野クリニック(旧 水野病院[8]) : 医療法人宏生会が経営している[27]。診療科目は内科歯科リハビリテーション科[27]。病床数は100床[27]
  • イズモ葬祭 中水野 : 一日一件限定の葬儀会館[28]。60席のホール、会食室、応接室などを有する[28]。駐車場は40台収容[28]
  • 地下軍需工場跡(史跡) : 太平洋戦争末期に造られた愛知航空機の瀬戸地下工場の跡地[29]。出入口の一部を除いて崩落しているが、貴重な戦争遺跡として、市民団体によって保存活動が続けられている[29]

その他

日本郵便

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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