小畑沙織
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| 基本情報 | ||||
| 国籍 |
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| 出身地 | 同・北海道札幌市 | |||
| 生年月日 | 1978年4月23日(46歳) | |||
| 身長 | 165cm | |||
| 体重 | 60kg | |||
| 利き手 | 左 | |||
| バックハンド | 両手打ち | |||
| ツアー経歴 | ||||
| デビュー年 | 1996年 | |||
| 引退年 | 2006年 | |||
| ツアー通算 | 1勝 | |||
| シングルス | 0勝 | |||
| ダブルス | 1勝 | |||
| 生涯通算成績 | 399勝324敗 | |||
| シングルス | 281勝222敗 | |||
| ダブルス | 118勝102敗 | |||
| 生涯獲得賞金 | $652,031 | |||
| 4大大会最高成績・シングルス | ||||
| 全豪 | 3回戦(2003) | |||
| 全仏 | 1回戦(2002-04) | |||
| 全英 | 2回戦(2002・04) | |||
| 全米 | 3回戦(2003) | |||
| キャリア自己最高ランキング | ||||
| シングルス | 39位(2004年2月9日) | |||
| ダブルス | 98位(2004年2月9日) | |||
小畑 沙織(おばた さおり, 1978年4月23日 - )は、北海道札幌市出身の元女子プロテニス選手。左利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。身長165cm、体重60kg。シングルス自己最高ランキングは39位(2004年2月9日付)。現役時代はヨネックスに所属した。
5歳からテニスを始める。富士見丘高等学校(東京都渋谷区)を卒業後、1997年3月にプロ入り。1998年の全日本テニス選手権で女子シングルス初優勝を果たしたが、翌1999年の半ば頃に大きな故障を抱え、選手生命を危ぶまれた時期があった。それを乗り越え、この年の11月にデンマークのルングステッドで開かれた女子下部ツアーのトーナメントで、予選から勝ち上がって準決勝まで勝ち進んだ。2000年10月、上海市のトーナメントで初めてWTAツアー大会のベスト8進出を果たす。
2003年10月、ウズベキスタンのタシュケントの大会で初のWTAツアー決勝進出を果たしたが、スペインのビルヒニア・ルアノ・パスクアルに 2-6, 6-7 で敗れ、初優勝はならなかった。その少し前、同年6月のイギリス・イーストボーン国際選手権(ウィンブルドン前哨戦の大会、芝生コート)の1回戦では、当時世界ランキング11位のエレナ・ドキッチから金星を挙げている。
4大大会では、2003年全米オープンと2004年全豪オープンの2大会連続で3回戦に進出した。2003年全米オープンの3回戦では、小畑は第2シードのジュスティーヌ・エナン・アーデンに 1-6, 2-6 で完敗している。2004年全豪オープンの3回戦では、フランスのナタリー・ドシーに 5-7, 1-6 で敗れた。この後、小畑は世界ランキングを自己最高の39位に上げる。2004年のアテネ五輪にも、杉山愛・浅越しのぶ・森上亜希子とともに、テニスの日本代表選手として出場した。女子ダブルスでは小畑と森上がペアを組み、2回戦でアルゼンチン代表のパオラ・スアレス&パトリシア・タラビーニ組に敗れている。
その後は右膝の故障が回復せず、2006年6月1日に28歳で現役引退を発表した。
WTAツアー決勝進出結果
シングルス: 1回 (0勝1敗)
| 大会グレード |
|---|
| グランドスラム (0–0) |
| ティア I (0–0) |
| ティア II (0–0) |
| ティア III (0–0) |
| ティア IV & V (0–1) |
| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 準優勝 | 1. | 2003年10月12日 | ハード | 2–6, 6–7(2) |
ダブルス: 2回 (1勝1敗)
| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | パートナー | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 優勝 | 1. | 2003年2月23日 | ハード (室内) | 6–1, 6–1 |