小野神社 (多摩市)
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祭神
式内社「小野神社」の歴史
中世には近在に武蔵国府が存在し、武蔵国一宮であった。武州六大明神[注 1]の一つとされ、これらを祀る武蔵国総社の大國魂神社(六所宮)には「一宮」として祀られている。
「小野社」の名が初めて見られる史料として宝亀3年(772年)に作成された太政官符があげられ、「多磨郡□野社(多磨郡小野社を指すと思われる)」の記述がある[注 2][6]。
『日本三代実録』では元慶8年(884年)7月15日、従五位上から正五位上に昇格との記載がある。また、10世紀前半に成立した『延喜式神名帳』では小社として式内社に列している。
『吾妻鏡』の治承5年(1181年)4月の記事に『是以武藏國多西郡内吉富并一宮蓮光寺等』とあり「蓮光寺」(多摩市連光寺付近)と共に「一宮」(多摩市一ノ宮付近)の名が記述されており、「一宮」と「蓮光寺」を含めた形で「吉富」(京王線百草園駅 - 中河原駅の一帯)と記述している。
境内
摂末社
文化財
東京都指定有形文化財(彫刻)
指定名称:木像随身倚像 - 昭和50年2月6日に2躯指定。1974年(昭和49年)に、古い方の随身倚像挿首内に「元応元年十月二十九日、奉公人権津師丞源」の銘が、もう一方の随身倚像像内に「寛永五戊辰年三月二十五日相州鎌倉仏師大弍宗慶法印作之」の銘が見つかる。
鎌倉時代末期の元応元年(1319年)制作の随身倚像は、総高74.5cm。因幡法橋応円の作で権律師丞源により奉納された。その後、1628年(寛永5年)に鎌倉仏師大弐宗慶により彩色などの修復が行われる。その際、もう1躯が新調される。新調された1躯は総高52.3cm。どちらも檜材で制作され、胡粉地に彩色が施され、頭部は挿首、玉眼の寄木造りの木像[7]。(小野神社所蔵、非公開 )
年中行事
- 元旦祭 : 1月1日
- 節分祭 : 2月節分
- 初午祭 : 2月初午
- 祈念祭 : 2月第2日曜日
- 末社祭 : 4月第1日曜日
- 六所宮神幸祭 : 5月5日
- 例大祭 : 9月第2日曜日
- 新嘗祭 : 11月第2日曜日
- 除夜祭 : 12月大晦日[8]
現地情報
脚注
参考文献
- 『日本歴史地名大系 東京都の地名』(平凡社) 多摩市小野神社項
- パルテノン多摩; 財団法人多摩市文化振興財団 編『武蔵国一之宮 多摩市一ノ宮小野神社の変遷』パルテノン多摩・財団法人多摩市文化振興財団、2005年。 NCID BA71524683。
- “小野神社”. 東京神社庁. 2020年7月14日閲覧。
- 斎藤長秋 編「巻之三 天璣之部 一宮大明神社」『江戸名所図会』 2巻、有朋堂書店〈有朋堂文庫〉、1927年、418-420頁。NDLJP:1174144/214。
