小関幸一
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| 小関 幸一 こせき こういち | |
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七ヶ宿ダム竣工30周年記念式典にて (2021年11月30日) | |
| 生年月日 | 1952年11月16日(73歳) |
| 出生地 |
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| 出身校 | 宮城県柴田農林高等学校 |
| 前職 | 七ヶ宿町役場 総務課長 |
| 所属政党 | 無所属 |
| 公式サイト | 町長の部屋(宮城県七ヶ宿町WEBサイト) |
| 当選回数 | 3回 |
| 在任期間 | 2014年9月24日 - 現職 |
小関 幸一(こせき こういち、1952年(昭和27年)11月16日[1] - )は、日本の政治家。宮城県刈田郡七ヶ宿町長(3期)。
宮城県中山間活性化推進協議会長、全国過疎地域連盟宮城県支部長、公立刈田綜合病院副管理者、仙南地域広域行政事務組合理事などを務めている[2]。
年譜
宮城県刈田郡七ヶ宿村(現在の七ヶ宿町)出身。町内の小中学校を卒業後、1968年(昭和43年)4月に宮城県柴田農林高等学校畜産科に入学し、1971年(昭和46年)3月卒業した[1]。
柴田農林高校を卒業後は七ヶ宿町役場に就職し、産業土木課に配属された。その後、教育委員会・総務課・農林課・民生保健課を経て七ヶ宿町国民健康保険診療所の事務長や産業振興課長、総務課長を歴任し、2011年(平成23年)3月に七ヶ宿町役場を退職した[1]。
退職した2年後、町民からの「町政をやって欲しい」との要望により出馬の意向を固めた[3]。小関は町長選への出馬について、「職員時代、町長と議会の折り合いがつかなかったこともあって、ものごとを決めるのに時間がかかったり、スムーズに進まなかったりした経験があったんですね。自分が町長になればそのようなこともなくなり、町政を安定させられるのではないかと思い、名乗りを上げました。」と語っている[3]。
2014年(平成26年)9月9日に前町長・梅津輝雄の任期満了に伴い告示された七ヶ宿町長選挙では、梅津は出馬せず小関のみの立候補となり、無投票で当選した[4]。
2018年(平成30年)9月11日に任期満了に伴い告示された七ヶ宿町長選挙では、無投票で2選を果たした[5]。
2022年(令和4年)9月13日に任期満了に伴い告示された七ヶ宿町長選挙では、無投票で3選を果たした[6]。
- 1952年(昭和27年)11月16日 - 宮城県刈田郡七ヶ宿村(現在の七ヶ宿町)に生まれる。
- 1971年(昭和46年)
- 3月 - 宮城県柴田農林高等学校畜産科を卒業する。
- 4月 - 七ヶ宿町役場に就職し、産業土木課に配属される。その後、教育委員会・総務課・農林課・民生保健課に配属される。
- 2001年(平成13年)3月 - 七ヶ宿町国民健康保険診療所の事務長に就任する。
- 2003年(平成15年)8月 - 七ヶ宿町役場・産業振興課の課長に就任する。
- 2006年(平成18年)9月 - 七ヶ宿町役場・総務課の課長に就任する。
- 2011年(平成23年)3月 - 七ヶ宿町役場を退職する。
- 2014年(平成26年)
- 9月9日 - 七ヶ宿町長選挙が告示され、無投票で初当選する。
- 9月24日 - 七ヶ宿町長、仙南地域広域行政事務組合の理事に就任する[7][8]。
