山口十八
From Wikipedia, the free encyclopedia
大賀幾輔の四男として生まれる[2]。1899年(明治32年)11月21日に陸軍士官学校(11期)を卒業し[1]、翌年6月22日、陸軍歩兵少尉に任官[3]。1904年(明治37年)9月17日、養父山口素臣の薨去に伴い子爵を襲爵した[2][4]。歩兵中尉を経て、1909年(明治42年)、陸軍大学校(21期)を卒業[1][5]。この時の同期には寺内寿一元帥陸軍大将・植田謙吉陸軍大将がいる。第13師団参謀に発令[5]。
その後、歩兵将校として累進し1920年(大正9年)8月10日、歩兵大佐に進み近衛師団司令部附を命ぜられる[6]。1923年(大正12年)8月6日、歩兵第15連隊長に進み、翌年8月、陸軍少将・歩兵第11旅団長に就任する[1][6]。1927年(昭和2年)3月5日に陸士・陸大共に同期の森連少将(後に陸軍中将・第1師団長)の後任として近衛歩兵第1旅団長に移る[1][6]。1929年(昭和4年)7月30日、予備役編入となる[1][6]。
