山橋貴史
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札幌第一高等学校から1991年に日本サッカーリーグ(当時)のヤンマーに入部。チームがセレッソ大阪となった1994年シーズンにレギュラーポジションを獲得し、森島寛晃、マルキーニョス、モウラらとともに、攻撃の中心として活躍。同年のJFL優勝・Jリーグ昇格に貢献した。
Jリーグデビューとなった1995年シーズンは、バルデスらの加入もあって先発出場は減るが、開幕戦の対広島戦では途中出場ながらVゴールを決めるなど、スーパーサブとして活躍した。その後1997年にコンサドーレ札幌、1999年に夕張ベアフット(現ベアフット北海道)に移籍した。ベアフットではプレーイングコーチとして指導者を目指し、2007年にU-15日本代表コーチ就任。それと共にJFA Proライセンスを取得した。
日本サッカー協会ナショナルトレセンコーチ[1]、ベアフット北海道のコーチ[2] などを歴任。
2021年1月18日、JFL・ヴェルスパ大分の監督に就任した[3]。
2024年11月13日、同年シーズン限りでヴェルスパ大分の監督を退任することが発表された[4]。
所属クラブ
エピソード
- C大阪在籍時にはよくVゴールを決めていた事から「Vゴール男」と呼ばれていた。
- C大阪がジャパンフットボールリーグからJリーグに昇格した時の特別番組でますだおかだから「一番セレッソのユニフォームが似合う男」と褒められた事がある。
- 当時のサッカー選手としては珍しく、髪の色を赤や金など派手な色に染める事もあった。髪の色が目立つ分恥ずかしいプレーは出来ない、という自分への戒めの意味かららしい。
個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | JSL杯/ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1990-91 | ヤンマー | 26 | JSL1部 | 0 | 0 | - | - | ||||
| 1991-92 | 24 | JSL2部 | 10 | 2 | 0 | 0 | |||||
| 1992 | 11 | 旧JFL1部 | 9 | 0 | - | ||||||
| 1993 | 12 | 1 | - | 0 | 0 | 12 | 1 | ||||
| 1994 | C大阪 | 旧JFL | 23 | 7 | 1 | 0 | 2 | 0 | 26 | 7 | |
| 1995 | - | J | 42 | 3 | - | 2 | 0 | 44 | 3 | ||
| 1996 | 10 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 14 | 0 | |||
| 1997 | 札幌 | 28 | 旧JFL | 19 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 19 | 1 |
| 1998 | 25 | J | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | |
| 通算 | 日本 | J | 52 | 3 | 5 | 0 | 4 | 0 | 61 | 3 | |
| 日本 | JSL1部 | 0 | 0 | - | -|||| | ||||||
| 日本 | JSL2部 | 10 | 2 | 0 | 0|||||||| | ||||||
| 日本 | 旧JFL | 63 | 9 | 1 | 0 | 2 | 0 | 45 | 8 | ||
| 総通算 | 125 | 14 | 6 | 0 | 6 | 0 | 137 | 14 | |||
指導歴
- 1999 - 2007年 ベアフット北海道
- 1999年 - 2002年 U-15 コーチ
- 2002年 - 2007年 U-15 監督
- 2004年 - 2012年 日本サッカー協会
- 2004年 ナショナルトレセンコーチ
- 2007年 - 2009年 U-15/U-16/U-17日本代表アシスタントコーチ (2009 FIFA U-17ワールドカップ参加)
- 2011年 - 2012年 U-18/U-19日本代表アシスタントコーチ
- 2021年 - 2024年 ヴェルスパ大分 監督