岡田守雄

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1937-01-12) 1937年1月12日(89歳)
没年月日 1999年
岡田 守雄
1955年撮影
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 和歌山県新宮市
生年月日 (1937-01-12) 1937年1月12日(89歳)
没年月日 1999年
身長
体重
174 cm
64 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 1955年
初出場 1955年
最終出場 1959年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

岡田 守雄(おかだ もりお、1937年1月12日 - )は、和歌山県新宮市[1]出身の元プロ野球選手。ポジションは内野手

新宮高校では1年生の時、三塁手として1952年夏の甲子園に出場。2回戦に進むが芦屋高植村義信に完封を喫する。2年上のチームメートにエースの杉本和喜代中堅手川崎啓之介がいた[2]。3年生時には遊撃手に回り、1954年夏の甲子園に2年ぶりに出場。1年下のエース前岡勤也を擁し準決勝まで勝ち進むが、中京商中山俊丈に抑えられ惜敗[2]

1955年毎日オリオンズへ入団[1]。前年に引退した北村正司の後継遊撃手を有町昌昭と争い、シーズン後半には有町の故障もあって定位置を獲得する。しかし翌1956年には葛城隆雄が台頭し、出場機会が減少。

1957年オフに大洋ホエールズへ移籍。1958年は7月から遊撃手として芝野忠男と併用され、59試合に先発出場。翌1959年麻生実男が入団し、レギュラー遊撃手の座を獲得したこともあり、同年限りで引退した[1]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1955 毎日 8821620313368204864162401264.177.197.236.434
1956 418882722110254000050174.268.318.305.623
1957 2334322611090100020051.188.235.281.517
1958 大洋 802152031746125171212241700354.227.252.350.602
1959 2739373500054001010082.135.158.135.293
通算:5年 259592557421152291158357311319028115.206.235.284.519

背番号

  • 6 (1955年 - 1957年)
  • 27 (1958年 - 1959年)

関連項目

脚注

外部リンク

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