川崎啓之介

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国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府
生年月日 (1934-08-05) 1934年8月5日(90歳)
身長
体重
173 cm
70 kg
川崎 啓之介
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府
生年月日 (1934-08-05) 1934年8月5日(90歳)
身長
体重
173 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 一塁手外野手
プロ入り 1955年
初出場 1955年
最終出場 1959年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

川崎 啓之介(かわさき けいのすけ、1934年8月5日 - )は、大阪府[1]出身のプロ野球選手一塁手外野手)。

和歌山県立新宮高等学校では同期のエース杉本和喜代を擁し、中堅手として1952年夏の選手権に出場。1回戦で小坂佳隆斎田忠利を打の中心とする法政二高を1-0で降す。続く2回戦は、この大会に優勝した芦屋高植村義信に0-2で完封を喫する[2]。2年下のチームメイトに三塁手岡田守雄がいた。

杉本とともに明治大学に進むが中退[1]1955年中日ドラゴンズに入団[1]。1年目から主に代打として起用され、左翼手、一塁手としても6試合に先発出場。この年は3本塁打を記録しているが全て代打で打ったものだった[1]1956年は打率.282の好記録を残す。1957年西沢道夫の故障もあって6月後半から一塁手の定位置を獲得。42試合に先発し、うち25試合では四番打者をつとめた。その後は出場機会が減少、1959年限りで現役引退した。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1955 中日 496560590031810000050093.150.215.300.515
1956 5482781227002980000301161.282.317.372.689
1957 80204194124583162174101900274.232.266.320.584
1958 426965110200121012020070.154.179.185.364
1959 2624220210030000010170.091.167.136.303
通算:5年 251444419198818341243642212002668.210.249.296.545

背番号

  • 66(1955年)
  • 2(1956年)
  • 22(1957年 - 1959年)

脚注

関連項目

外部リンク

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