岩塚宿

From Wikipedia, the free encyclopedia

岩塚の地名の由来となった日本武尊が腰を掛けたされる腰掛岩の古塚
佐屋路と岩塚宿の位置

岩塚宿(いわつかしゅく)は、佐屋街道の宿場で愛知県名古屋市中村区岩塚町に存在した。

庄内川東岸に位置し、庄内川を隔てた対岸に万場宿があった。

佐屋街道が開設された当初は砂子村(現在の海部郡大治町砂子)に宿場が設置されていたが、開設から2年後の1636年嘉永13年)に砂子村から宿場が差し替えられ、岩塚村(現在の愛知県名古屋市中村区岩塚町)に設置された。

設置された際、既にあった万場宿と岩塚宿を合わせ、1宿として機能し、月の前半15日は岩塚宿が人足継立や休泊の役を務め、後半15日が万場宿が務めた。また、庄内川を渡る万場の渡しは万場宿側が管理を行った。

天保年間の規模は、宿高:2060石5斗1升4合、家屋:212軒、人口:1038人(男性:512人、女性:526人)、問屋場:1軒、町並み:4町9間、本陣:1軒、旅籠:7軒。脇本陣は設置されていなかった。

最寄駅

史跡・みどころ

隣の宿

Related Articles

Wikiwand AI