岩塚宿
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佐屋街道が開設された当初は砂子村(現在の海部郡大治町砂子)に宿場が設置されていたが、開設から2年後の1636年(嘉永13年)に砂子村から宿場が差し替えられ、岩塚村(現在の愛知県名古屋市中村区岩塚町)に設置された。
設置された際、既にあった万場宿と岩塚宿を合わせ、1宿として機能し、月の前半15日は岩塚宿が人足継立や休泊の役を務め、後半15日が万場宿が務めた。また、庄内川を渡る万場の渡しは万場宿側が管理を行った。
天保年間の規模は、宿高:2060石5斗1升4合、家屋:212軒、人口:1038人(男性:512人、女性:526人)、問屋場:1軒、町並み:4町9間、本陣:1軒、旅籠:7軒。脇本陣は設置されていなかった。
