岩寺基晴

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生誕 (1981-03-11) 1981年3月11日(45歳)
出身地 日本の旗 日本 北海道 札幌市
ジャンル
岩寺 基晴
生誕 (1981-03-11) 1981年3月11日(45歳)
出身地 日本の旗 日本 北海道 札幌市
学歴 札幌第一高等学校 卒業
ジャンル
職業
担当楽器
レーベル
配偶者 一般女性
事務所 ヒップランドミュージック
共同作業者 サカナクション
著名使用楽器
ギブソン・SG
フェンダー・ジャズマスターなど

岩寺 基晴(いわでら もとはる、1981年3月11日 - )は、日本ギタリスト作曲家ロックバンドサカナクションのギタリスト。北海道札幌市出身[1]愛称モッチ

1981年3月11日に札幌市で生まれる[2]。小学校5年生のころに姉の影響で筋肉少女帯の楽曲を聴き始めたことでロック音楽に興味をもつ[3]。その後、橘高文彦によるギター教則本を購入し、自宅にあったギターを用いて[SOL 1]自身でも演奏を始める[3]。この時期はバンドは組まず個人的に打ち込んでいたという[3]

高校は札幌第一高等学校に進学[4]。高校2年生の学園祭の日に[5]教室で筋肉少女帯の楽曲をギターで演奏していたところ、同級生の山口一郎に声をかけられ、その場でバンドに誘われる[6]。なお、このときが山口との初対面であった。 その後、山口のバンドは幾度かのメンバー変遷があり、最終的に山口、岩寺、斎藤友樹、原康之の4人で「ダッチマン」と言うバンドが結成された[6]。これが岩寺にとっての初のバンドとなる[3]

ダッチマンは高校生によるバンドながらも高い評価を受けており、札幌で開催するライブでは300人近い観客を集めるほどとなった[6]。また北海道で行われた音楽コンテストでも優勝するほどの実力をつけていた[7][8]。また、この頃ダッチマンと対バンをしていたバンドの中には後にサカナクションに加入する草刈愛美のバンドもおり、岩寺・山口・草刈は当時から親交があった[9]

1999年、高校卒業後は専門学校の写真学科に入学した[8]。この頃、ダッチマンは前述した音楽コンテストで披露した楽曲が関係者の目に留まり、ビクターの育成部門に所属することとなった[7]。しかし思うような結果を出せなかったためバンドは試行錯誤を続け、のちのサカナクションのデビュー曲となる「三日月サンセット」を制作するにあたり[10]、岩寺は山口の指示によりギターでなくシンセサイザーなども演奏するようになった[7]

その後、山口の方針に共感出来なくなった岩寺はダッチマンの脱退を決意する[7][SOL 2][11]。ダッチマンには山口ひとりのみを残し、岩寺は他のメンバーと共に3人で新たなバンドを結成した。このバンドはXTCのコピーバンドであり、ライブも一度行ったものの、それ以来活動は続かなかった[SOL 2]

新たなバンドでの活動が減少した後、岩寺は実家の銭湯で番台をしていたが[12]、山口がコンピレーションアルバム「music for PARDISCO」に収録する楽曲のレコーディングを行うにあたり岩寺を招集したことで音楽活動が再開した[13][11]。この時期の岩寺について山口は「このままじゃダメになる」と感じていたという[12]

このときに制作された「白波リミックス」という楽曲が高い評価を獲得し、関係者から楽曲リリースの打診を受けたことをきっかけに新たなバンド「サカナクション」が始動した[13]。当時、山口が考案した新たなバンド名「サカナクション」に対して岩寺は「絶対に嫌だ」と反対していた[11]

サカナクション発足当時の正式なメンバーは山口と岩寺のみであり[13]、当時の岩寺の役割について山口は「ディレイマスター」として紹介していたこともある[広報 1]。なお、後の正式メンバーとなる江島啓一と岡崎英美とは当時から活動を共にしていたが、この二人はまだサポートメンバーであった[13]

2006年、RISING SUN ROCK FESTIVAL 2006 in EZOへの出演が決まった際に当時ベースを担当していたサポートメンバーから脱退の申し出があったことを受け[13]、岩寺が以前から親交のあった草刈を新たなサポートベーシストとして誘った[14]。その後、ビクター傘下のレーベルBabeStar Labelからメジャーデビューの打診があり、ファーストアルバム『GO TO THE FUTURE』の本格的な制作が始まるにあたり、江島・岡崎・草刈もサカナクションの正式なメンバーとして加入している[15][13]

2022年6月1日、プライベートでの問題が報道され[16]、本人・メンバー及び所属事務所が事実を認め謝罪した[広報 2]。また報道の翌日にはこの件を含めた事情により同月に予定されていたワンマンツアー「SAKANAQUARIUM アダプト NAKED」の大阪・京都公演の延期が発表されるなどの影響が出た[広報 3][17]。なお、岩寺は同年10月に行われた「UNDERWORLD × SAKANACTION」のツーマンライブから表立った活動を再開している[広報 4][SOL 3]

人物

愛称は「モッチ[2][SOL 4]または「モッチー[SOL 5]。 実家は銭湯を営んでいた他、宿泊事業も展開する企業も運営しており[4]裕福であった[広報 1]。時期は明らかにされていないが、一般女性と結婚しており子どもがいる[4]

主な趣味はゲーム[18]とサウナ[19][20]である。ゲームについては小学生のころからファミコンで「スーパーマリオ」シリーズをプレイしていたという[18]。 バンドのツアー中でもライブの直前および直後でも楽屋でゲームをプレイしており[SOL 6]、その事について山口に怒られたこともあるという[SOL 7]。サウナについては、ツアーの公演後にバンドの他メンバーを誘って頻繁にサウナに訪れているという[21]

プロ野球では北海道日本ハムファイターズと懇意にしており、球団の広報にも登場している[広報 5]

音楽性

小学校高学年から中学生のころにかけては筋肉少女帯の楽曲を聴いていた[3]。初めて購入したCDはサザンオールスターズエロティカ・セブン[22]。メジャーデビュー当時には好きなミュージシャンとしてフィッシュマンズビートルズなどを、影響を受けたミュージシャンとしてダフト・パンクや前述のダッチマン後のバンドでコピーをしていたXTCなどを挙げている。

サカナクションにおいてはリーダーの山口と岩寺の二人がギターを担当しているものの、基本的には岩寺が担当していると山口は語っている[23]。最初に手にしたギターはフェンダー・テレキャスターである[24]。この他、ギブソン・SG[23]フェンダー・ストラトキャスター[25][23]フェンダー・ジャズマスター[23][26][27]G&Lミュージカル・プロダクツのASAT SPECIALやSKYHALK[23]、またAmrita 60s TL[27]などを使用してきている。

ディスコグラフィ

ダッチマン時代の作品については「「ダッチマン#ディスコグラフィ」」を、サカナクションとしての作品やサカナクションの一部のメンバーと制作した作品については「サカナクションのディスコグラフィ」を参照されたい。

ライブ・イベント

脚注

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