岸田翔平

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愛称 キシ、ショウヘイ
カタカナ キシダ ショウヘイ
ラテン文字 KISHIDA Shohei
国籍 日本の旗 日本
岸田 翔平
名前
愛称 キシ、ショウヘイ
カタカナ キシダ ショウヘイ
ラテン文字 KISHIDA Shohei
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1990-04-03) 1990年4月3日(35歳)
出身地 大分県速見郡日出町
身長 180cm
体重 70kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 ジェイリースFC
ポジション DF
背番号 3
利き足 右足
ユース
2006-2008 日本の旗 大分トリニータ
2009-2012 日本の旗 福岡大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2012-2016 日本の旗 サガン鳥栖 4 (0)
2015-2016 日本の旗 V・ファーレン長崎(loan) 58 (4)
2017-2018 日本の旗 大分トリニータ 33 (1)
2019-2021 日本の旗 水戸ホーリーホック 56 (0)
2022-2024 日本の旗 ラインメール青森 66 (3)
2025- 日本の旗 ジェイリースFC 7 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年11月30日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

岸田 翔平(きしだ しょうへい、1990年4月3日 - )は、大分県速見郡日出町出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー(右サイドバック)。九州サッカーリーグジェイリースFC所属。既婚。マネジメント会社はエースポーツクリエイション[1]

双子の兄の岸田和人もサッカー選手。

初期

大分トリニータU-12、U-15、U-18と大分の各年代の下部組織に在籍し(U-18時代の同期に岸田和人東慶悟越智亮介清武功暉)、高校卒業後は岸田和・清武と共に福岡大学に進学しサッカー部に入部。その他の同期には牟田雄祐田中智大がいた。

サガン鳥栖

2012年2月にJ1サガン鳥栖の練習参加を経験すると[2]、同年8月には特別指定選手として鳥栖に選手登録[3]。9月29日、J1第27節サンフレッチェ広島戦に右SBとしてスタメン出場。積極的に前線に上がりクロスをあげる等攻撃面においては持ち味を発揮出来たが[3]、相手の清水航平との1対1の場面で、シュートを防ごうとスライディングした所を躱され、そのままゴールを決められるなど守備において通用せず、ほろ苦いデビューとなった[3]。それでも10月には、2013シーズンからの鳥栖への加入が内定した[4]。 2013年2月17日、開幕を控え行われた学生との練習試合で負傷。左腓腹筋筋挫傷で全治3週間と診断[5]。復帰後はリーグ戦3試合に出場したが、10月6日の練習試合の最中に再び負傷。右上腕骨内上顆剥離骨折で全治2か月の診断診断を受けた[6]。 2014年シーズンは開幕からベンチ入りもできず、同年4月12日、練習中に左足関節内側側副靭帯損傷。全治3週間と診断の診断を受けた[7]。回復後もナビスコ杯2試合のみの出場機会に留まった。

V・ファーレン長崎

2015年J2V・ファーレン長崎へ期限付き移籍[8]。リーグ戦24試合に出場し試合経験を積んだ。翌2016年も期限付き移籍期間を延長し長崎に残留。リーグ戦33試合に先発出場し、プロ初得点を含む4得点をマークした。前年はプレーに迷いを見せる事もあったが[9]、試合経験を重ねることでメンタル面が向上[9]。実績で上回るマッチアップ相手に勝つ事を試合のモチベーションとし、成長に繋げたことで[9]攻撃的なサイドバックとして開花した[10]。2016年シーズン終了後、期限付き移籍期間満了により長崎を退団。

大分トリニータ

2017年より大分トリニータに完全移籍[11]。小学校〜高校年代まで大分下部組織に在籍していた岸田にとっては、9年振りの大分復帰となった。同年は松本怜山岸智らとポジションを争い、シーズン中盤から終盤にかけて一時スタメンから外れたが、最終的にリーグ戦26試合に先発出場した。 2018年12月12日、大分市内で交通事故(乗用車による玉突き事故)を起こしてチームより厳重注意を受けた[12]

水戸ホーリーホック

2019年より、水戸ホーリーホックに完全移籍[13]。2021年シーズン終了後、契約満了により水戸を退団[14]。2021年12月9日、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した[15]

ラインメール青森

2022年、JFLラインメール青森に移籍[16]

2024年、青森との契約が満了[17]

ジェイリースFC

2025年、ジェイリースFCに加入。大分トリニータに所属した2018年以来の地元クラブでのプレーとなった[18]

エピソード

  • 2017年1月16日に、大学時代より交際していた一般女性との入籍をクラブを通じ発表した[19]。2021年7月、第二子となる長男が誕生[20]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2007大分U-1818---1010
2009福岡大30--1010
201114--3030
2012--2121
2012鳥栖29J11000-10
201330200050
20142300200020
2015長崎15J2240-20260
2016344-20364
2017大分14291-10301
201840-1050
2019水戸13300-10310
2020230--230
202130-1040
2022青森5JFL282--282
2023261--261
2024120--120
2025JLFC3九州72--72
通算日本J1 40400080
日本J2 1475-801555
日本JFL 663--663
日本九州 72--72
日本 --7171
総通算 224104015124311
  • 2012年は特別指定選手
その他公式戦
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2026JLFC3JFLC
通算日本JFLC
総通算

タイトル

クラブ

大分トリニータU-18
  • 大分県サッカー選手権大会(天皇杯大分予選):1回(2007年
福岡大学

選抜歴

  • 2011年 九州大学選抜

脚注

関連項目

外部リンク

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