柳川雅樹

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愛称 ヤナ
カタカナ ヤナガワ マサキ
ラテン文字 YANAGAWA Masaki
国籍 日本の旗 日本
柳川 雅樹
名前
愛称 ヤナ
カタカナ ヤナガワ マサキ
ラテン文字 YANAGAWA Masaki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-05-01) 1987年5月1日(38歳)
出身地 兵庫県三田市
身長 184cm
体重 78kg
選手情報
ポジション DF
ユース
2003-2005 日本の旗 ヴィッセル神戸ユース
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2011 日本の旗 ヴィッセル神戸 42 (1)
2010 日本の旗 ヴァンフォーレ甲府 (loan) 6 (0)
2011 日本の旗 ザスパ草津 (loan) 10 (0)
2012 日本の旗 栃木SC 4 (0)
2013-2014 日本の旗 ガイナーレ鳥取 33 (0)
2015 フィリピンの旗 グローバルFC 16 (2)
2016-2017 フィリピンの旗 JPVマリキナFC 43 (2)
通算 154 (5)
代表歴
2005-2007  日本 U-20 1 (0)
監督歴
2019-2022 日本の旗 甲南大学
2024- 日本の旗 ジェイリースFC
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

柳川 雅樹(やながわ まさき、1987年5月1日 - )は、兵庫県三田市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー(DF)

三田市内の弥生FCでサッカーをはじめ、ヴィッセル神戸のジュニアユース及びユースに所属した。

ユース1、2年時はFWをしていたりとレギュラーではなかったが、3年時に木山隆之がユースの監督に就任するとCBとしてレギュラーに定着する。3年時の夏休み期間中、ユースの選手数名がトライアルも兼ねてトップチームの練習に参加していたが、そのメンバーには入っていなかった。その後のJサテライトリーグの試合を見た、トップチーム監督のパベル・ジェハークから評価され、逆転でのトップチーム昇格を果たす。

Jユースサハラカップ2005では紀氏隆秀らと共に準優勝という結果を残す。この大会での活躍が認められ、青木孝太長沢駿佐野克彦らとU-19日本代表に初招集される。

2006年1月に行われたU-19カタール国際ユースにU-19日本代表として参加後、ヴィッセル神戸に新設されたU-23で活動予定であったが、スチュワート・バクスター監督から見てみたいという要望がありトップチームのグアムキャンプに参加する。

バクスター監督の下、チーム史上初めて高卒新人開幕スタメンを果たし、2006年5月A契約締結条件をクリアし、チーム史上最速でA契約を締結する。

U-19日本代表としてAFCユース選手権2006に出場していたが、J1昇格争いをしていた神戸からの要望によりU-20ワールドカップ出場権獲得(ベスト4進出)が決まると、代表チームを離れ、神戸に戻ることになった。

翌2007年7月にはU-20日本代表として2007 FIFA U-20ワールドカップに出場した。ユース代表合宿中のルームメイトは同郷出身の香川真司で、よくマリオカートやトランプをしていて、勝つまで終わりにしない香川は負けず嫌いで、アジア予選に恋愛小説・恋空を持ってきていたことに一番驚いたと話していた。

2009年7月7日、神戸市在住の女性と入籍したことを自身のブログで明らかにした。

2010年は、ヴァンフォーレ甲府へ期限付き移籍。

2011年、神戸に復帰したが、2011年7月にザスパ草津へ期限付き移籍。同年11月30日、神戸との契約が満了となった。

2012年より栃木SCに完全移籍した。

2013年、ガイナーレ鳥取へ完全移籍[1]。2014年シーズン終了後、契約満了により鳥取を退団[2]

2015年、フィリピンユナイテッド・フットボールリーググローバルFCへ完全移籍。同リーグでは初めてJリーグクラブから直接の移籍選手となる[3]。ヴィッセル神戸在籍時から親交のあった鈴木規郎と6年ぶりに、同じクラブに所属した。AFCカップ2015に出場。

2016年、同リーグの日系クラブ、JPVマリキナFCへ完全移籍。キャプテン兼コーチ、広報担当として幅広く仕事をこなし、1部リーグ初挑戦であった同クラブのリーグ戦4位に貢献する。この年のリーグ、Best Defenderに選出される。

怪我により2018年2月に現役を引退し、サッカー選手のマネジメント会社を設立した[4]

2019年、当時関西学生リーグ2部に所属していた甲南大学サッカー部の監督に就任。自らの経験と、心理学をベースにしたモチベーションコントロール術、フィリピン時代に養ったチームマネジメントを駆使してチームを改革し、2019年シーズンに1部昇格を果たし、翌年は総理大臣杯の代替大会である全国大会「#atarimaeni CUP」では関西勢唯一のベスト8入りに導いた[5]

2023年12月28日、ジェイリースFCの監督に就任した[6]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2006神戸32J2281-10291
200722J120100030
2008321001000110
2009320000020
2010甲府3J260-0060
2011神戸32J10000-00
草津27J2100-00100
2012栃木SC2340-0040
2013鳥取2120-00120
2014J3210-20230
フィリピン リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2015グローバル32UFL1部1624051253
2016マリキナ18173--254
20173PFL1部251----251
通算日本J1 1402000160
日本J2 601-10611
日本J3 210-20230
フィリピンUFL/PFL 59411351758
総通算 1545134801759

その他の公式戦

代表歴

指導歴

脚注

関連項目

外部リンク

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