島崎美代子
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東京生まれ[3]。父は地震学者の石本巳四雄[4]、母はコーラス指導者の石本美佐保(医師の高安道成と歌人の高安やす子の娘。歌人の高安国世の姉)。兄は生化学者の石本真。1949年東京女子医学専門学校卒業。1953年東京大学経済学部経済学科卒業[3]。山田盛太郎のゼミに所属[5]。住谷一彦によると、1947年頃、東大の「社研」のメンバーだった[6]。吉澤芳樹によると、東大入学前から内田義彦が自宅でやっていた勉強会のメンバーで、内田の助手役もした。内田と東大音感合唱研究会の指導もした[7]。
東大卒業後、高崎市立短期大学助手、講師[3]。高崎市立短期大学で「『資本論』研究会」に所属。メンバーにはのちに伴侶となる島崎稔もいた[8]。長幸男によると、内田義彦らが山田盛太郎を学長にして高崎市立短期大学を4年制の大学にしようとしたが、学内騒動になってそのプランが潰れ、東京から来ていた大石眞三郎、内藤則邦、松浦高嶺、島崎稔、石本美代子(島崎美代子)、高橋洸、長幸男らは東京に引き上げたという[9]。
1966年女子栄養大学教授[3]。中央大学商学部講師も兼任[10]。1979年日本福祉大学経済学部教授[3]。1989年中央大学社会科学研究所研究チーム「現代都市の構造分析」客員研究員[11]。1990年の日本福祉大学国際交流センター開設に準備委員として携わり、センター長を務めた[12][13]。同大学知多半島総合研究所地域・産業部主任も務めた[14]。1997年日本福祉大学停年退職、同大学福祉社会開発研究所客員研究所員[3]。同大学知多半島総合研究所客員研究員も務めた[15]。