川島正件

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川島 正件(かわじま せいけん[1]1869年9月12日明治2年8月7日[2]) - 1959年昭和34年)12月15日[3][注釈 1])は、日本の教育家、政治家。高知県高知市[4]城東商業学校[5]。旧制土佐中学校(現在の土佐中学校・高等学校)理事長[6]財団法人板垣伯銅像記念碑建設同志会第5代会長。族籍は高知県士族[4]。お笑いタレントの劇団ひとり(本名・川島省吾)は曾孫にあたる。

土佐国長岡郡田井村[2](現在の高知県土佐郡土佐町)で、高知県士族・川島友兵衛の長男として生まれる[4]1915年、家督を相続した[4]

長岡郡吉野村書記を務めながら、独学で小学校美術教員免許を取得し簡易小学校教員に就任[2]。長岡郡役所雇員、高知県属を歴任し、1916年9月、高知市助役となり11年間在任[2]1927年8月26日、高知市長に就任し、公設質屋、保育園、塵芥焼却場、中央卸売市場、市営運動場などの設置、方面委員の委嘱を行うなど社会政策面の施策を推進し、1933年1月7日に市長を退任した[2]

市長退任後は、城東商業学校校長、土佐中学校理事、高坂高等女学校協会理事、高知商工会議所顧問などを務めた[3]。住所は高知市[4]

家族・親族

脚注

参考文献

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