常寂光寺
京都市右京区にある寺院
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常寂光寺(じょうじゃっこうじ)は、京都市右京区嵯峨小倉山小倉町にある日蓮宗の寺院。山号は小倉山。本尊は十界大曼荼羅。旧本山は、大本山本圀寺(六条門流)。百人一首で詠まれる小倉山の中腹の斜面にあって境内からは嵯峨野を一望でき、境内の庭園には200余本のカエデが植えられており[1]、秋は全山紅葉に包まれる。
| 常寂光寺 | |
|---|---|
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多宝塔(重要文化財) | |
| 所在地 | 京都府京都市右京区嵯峨小倉山小倉町3 |
| 位置 | 北緯35度1分10.70秒 東経135度40分7.23秒 |
| 山号 | 小倉山 |
| 宗派 | 日蓮宗 |
| 本尊 | 十界大曼荼羅 |
| 創建年 | 文禄5年(1596年) |
| 開山 | 日禎 |
| 開基 | 延壽院 |
| 札所等 | 洛陽十二支妙見めぐり・酉(西) |
| 文化財 | 多宝塔(重要文化財) |
| 法人番号 | 3130005002059 |
歴史
境内
- 本堂 - 慶長年間(1596年 - 1615年)に小早川秀秋の助力によって伏見城の客殿を移築したもの。平瓦葺き[2][3]。扁額「御祈祷処」は伏見常照院宮の筆である。
- 庫裏
- 書院
- 庭園 - 池泉鑑賞式庭園。
- 五重石塔
- 鐘楼 - 寛永18年(1642年)再建。梵鐘は太平洋戦争中の金属供出により失われたため、1973年(昭和48年)に京都工芸繊維大学教授青木一郎の音響設計により鋳造されたもの[2]。
- 妙見堂 - 妙見菩薩を祀る[4]。慶長年間(1596年 - 1615年)に保津川が洪水を起こした際に流れてきた妙見菩薩像を角倉町の船頭が拾い、同町の集会所に祀られていたものを、享和年間(1801年 - 1804年)に第22世日報の時に現在地に遷座した。御所から見て西の方角に当たることから「酉(とり)の妙見菩薩」と呼ばれ、参拝者で賑わった。洛陽十二支妙見めぐり・酉(西)の札所。
- 拝殿 - 1928年(昭和3年)建立。
- 多宝塔(重要文化財) - 元和6年(1620年)8月建立。高さ12m、方三間、重層、宝形造、檜皮葺[5]。勅額「並尊閣」は霊元上皇の宸筆である。
- 開山堂
- 歌仙祠(謌僊祠 かせんし) - 1890年(明治23年)建立。1994年(平成6年)改築。藤原定家、藤原家隆像が納められている。扁額「歌遷祠」は富岡鉄斎の筆である。
- 時雨亭跡 - 藤原定家が小倉百人一首を編纂した小倉山荘「時雨亭」跡とされる場所。太平洋戦争前までは庵室が建っていたが、台風により倒壊したとされる[6]。他に二尊院と厭離庵も時雨亭跡の候補地とされる。
- 春照坊 - 塔頭。
- 仁王門 - 南北朝時代の貞和年間(1345年 - 1350年)に本圀寺の南門として建立されたものを、元和2年(1616年)に現在地に移築した。藁葺き。
- 定家山荘跡石碑 - 藤原定家の小倉山荘「時雨亭」は実際は常寂光寺境内の北側から二尊院境内の南側にあったとされる。歌仙祠で祀られている藤原定家像は元々この場所にあった祠に祀られていた。
- 展示場
- 山門 - 江戸時代後期に改築されたもの[8]。
- 山門
- 本堂
- 仁王門
- 仁王門前
- 開山堂
- 鐘楼
- 多宝塔
紅葉の季節 - 庭園
文化財
重要文化財
- 多宝塔
前後の札所
- 洛陽十二支妙見めぐり・酉(西)