平山幸宏

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生年月日 (1962-03-25) 1962年3月25日(64歳)[1]
前職 会社役員
平山 幸宏
ひらやま ゆきひろ
生年月日 (1962-03-25) 1962年3月25日(64歳)[1]
出生地 日本の旗 日本栃木県那須郡那須町横沢[2]
出身校 那須町立室野井小学校[1]
那須町立那須中学校[1]
栃木県立那須高等学校[1]
前職 会社役員
公式サイト 平山幸宏
第17 - 19代 栃木県那須町長
当選回数 3回
在任期間 2018年4月7日[3] - 現職
第25代 那須町議会議長
在任期間 2015年2月27日[3] - 2017年2月27日[3]
那須町議会議員
当選回数 3回
在任期間 2007年[1] - 2018年[4]
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平山 幸宏(ひらやま ゆきひろ、1962年昭和37年〉3月25日[1] - )は、日本政治家実業家

栃木県那須郡那須町横沢生まれ[2]。那須町立室野井小学校、那須町立那須中学校を経て、1980年(昭和55年)、栃木県立那須高等学校を卒業[1]1988年(昭和63年)、アイアール商行有限会社を設立[2]

2007年平成19年)2月18日、那須町議会議員選挙に初当選[5]

2011年(平成23年)2月13日、那須町議会議員選挙に2選[6]。議会運営委員会副委員長や産業建設観光常任委員長を歴任[2]

2015年(平成27年)2月15日、那須町議会議員選挙に3選[7]。同年2月27日、那須町議会議長に就任[3]。那須地区市町村議会議長会会長、栃木県町村議会議長会副会長、黒磯那須火葬場組合議会議長を歴任[2]

2018年(平成30年)1月31日、那須町議会議員を辞職[4]。同年3月25日高久勝町長(当時)の任期満了に伴う那須町長選挙に出馬し、無所属新人で元那須町議会議員の大島光行を破り初当選[8]。町長選挙では町の財政健全化を訴え、那須町立田中小学校跡地の利用計画、道の駅那須高原友愛の森整備事業、イベント・委託事業などの見直しを公約に掲げた[8]。同年4月7日、那須町長に就任[3]

※当日有権者数:2万2059人[8]人 最終投票率:56.09[8]%(前回比:(無投票)[9]pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
平山幸宏56[9]無所属[9][9]7,499[9]62.2[9]%
大島光行64[8]無所属[8][9]4,557[9]37.8[9]%

2022年令和4年)3月20日、自身の任期満了に伴う那須町長選挙に出馬し無投票で2選[10]

2026年(令和8年)3月22日、自身の任期満了に伴う那須町長選挙に出馬し、前那須町議会議員の小山田典之を1票差で破り3選[11][12]。選挙戦では、那須町の消滅可能性自治体からの脱却、子育て環境の整備などを訴えた[11]。同年4月5日、町選挙管理委員会は小山田陣営による異議申し立てを受け票の再点検を行った。その結果、小山田が2票減り、票差は3票差に広がった[13]

町政

財政

公約に健全財政を掲げ、ふるさと納税による町外税収の確保を図った[14]。ふるさと納税では、宿泊やレジャー関連の返礼品が注目を浴び、2025年度末には寄付額が10億円を超えた[15]。また、令和6年度には約9億7000万円の寄付が集まり、それらを「ふるさと那須町応援基金」として積み立て、うち8億7458万4千円を財源に教育振興、子育て・少子化対策、環境・景観保全、産業振興などに活用された[16]

定住・移住促進

2019年(令和元年)、子育て世代などを対象とした定住促進策として、旧上の原第1団地跡地に賃貸集合住宅を整備する方針を示し、民間資金を活用したPFI方式で整備する計画を発表した[17]。その後、2021年(令和3年)12月に子育て・新婚世帯向け住宅「ウィングビーナス」として落成した[18]

二地域居住

都市部と那須町を定期的に行き来する「二地域居住」を推進し、2025年(令和7年)10月に「特定居住促進計画」を策定[19]。黒田原地区などでのワークスペースや宿泊施設の整備、空き家や空き店舗などを活用した受け入れ態勢の強化及び強化に向けた官民連携の空き家の実態調査、サテライト・オフィスの誘致、ライドシェアの試験導入などの施策を講じた[19]。2021年(令和3年)3月には平山が全国二地域居住等推進協議会副会長に就任した[20]

選挙歴

脚注

外部リンク

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