平野匠啓
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柔道は4歳の時に始めた[1]。元世界チャンピオンの小川直也が運営する小川道場に所属していた小学校5年の時に全国小学生学年別柔道大会45kg超級の3回戦で敗れた[1]。茅ヶ崎第一中学3年の時に全国中学校柔道大会の90kg超級で優勝した[1]。埼玉栄高校へ進むと、1年の時に金鷲旗で優勝した[2]。2年の時にはインターハイ100㎏級で優勝すると、全国高校選手権の団体戦でも優勝した[3][4]。3年の時には金鷲旗で優勝すると、インターハイでも個人戦で2連覇、さらに団体戦でも優勝して、高校団体3冠(全国高校選手権、金鷲旗、インターハイ)を達成した。これにより、2009年の女子に続いて男女で3冠を達成することになった[2][3][5]。なお、関東柔道選手権では高校生ながらオール一本勝ちで優勝して全日本柔道選手権への出場権を得た。2025年4月に天理大学へ進学すると、1年の時には全日本選手権の初戦で66㎏級の世界チャンピオンであるジャパンエレベーターサービスの田中龍馬を3-0の判定で破るも、3回戦で旭化成の太田彪雅に技ありで敗れた[6]。優勝大会では2位だった[7]。世界ジュニアでは決勝でジュニアの世界ランキング1位であるセルビアのミラン・ブラヤに有効で敗れて2位にとどまった[8][9]。体重別団体では2位だった[10][11]。グランドスラム・タシケントでは2回戦でウクライナのヤロスラフ・ダビドチュクに大内刈で敗れた[12]。