全日本柔道選手権大会

毎年開催される男子柔道の無差別級日本一を決める大会 From Wikipedia, the free encyclopedia

全日本柔道選手権大会(ぜんにほんじゅうどうせんしゅけんたいかい)は、年に一度開催される男子柔道無差別級日本一を決める大会。後援NHK、朝日新聞社、日本武道館。

開始年 1948
加盟国 日本の旗 日本
前回優勝 田嶋剛希(1)
概要 開始年, 主催 ...
全日本柔道選手権大会
2007年決勝
赤:鈴木桂治(右)、白:石井慧(左)
開始年 1948
主催 全日本柔道連盟
講道館
加盟国 日本の旗 日本
前回優勝 田嶋剛希(1)
最多優勝 山下泰裕(9回)
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概要

令和4年 全日本柔道選手権大会 優勝決定戦 斉藤立vs.影浦心 (2022年4月29日 日本武道館)

全日本柔道選手権大会とは、全国柔道人が一堂に会して互に久闊を叙し、平和日本の再建について語り合い、技を競い合う大会。戦後、1948年5月2日嘉納治五郎没後十年祭を記念して、講道館大道で第一回大会が開催された[1][2]

のちにオリンピック世界柔道選手権の開催年には体重の重い階級の代表選考会となる[注釈 1]。毎年4月29日日本武道館で開催。優勝者には天皇杯、嘉納師範賞、朝日新聞優勝旗(以上持ち回り)、日本武道館杯などの他に、副賞として特別協賛の東洋水産より食品1年分が贈られる。大会の模様はNHK BSおよびNHK総合テレビにて生中継されている。前日には講道館で全国柔道高段者大会が開催されることが慣例となっている。

日本人柔道家にとっては、五輪世界選手権と共に柔道三冠の1つとされている。

なお、戦前の1930年から1941年まで[注釈 2]は、日本全国から男子の選手を招集する大会として、全日本柔道選手権大会の前身とも言える全日本柔道選士権大会が開催されていた。この大会は、「専門」・「一般」の2つに分類されていたのに加え、第8回大会(1938年)までは4つの年齢別[注釈 3]に細分化されていたため8人の優勝者が存在していた。第9回大会(1939年)および第10回大会(1941年)は大会名を日本柔道選士権大会と改称し、年齢別が廃止され「専門」・「一般」の2区分で開催されている。このように、唯一無二のチャンピオンを決める現在の大会とは、かなり質を異にするものであった。

また、1949年の決勝戦は2度の延長戦にも拘らず両者とも技が殆どなく、主審の三船久蔵の判断により引き分けとされたため両者優勝という記録が残っている。ポイント、判定およびゴールデンスコア方式による延長戦で勝敗を決する現在の試合規定では起こりえない裁定である。

1952年4月26日に天皇杯(御紋付きトロフィー)が下賜され、同年度の大会から優勝者に授与されるようになった[3]

かつて当大会での審判員は男性のみと規定されていたが、2017年からは審判員15名のうち、女性の審判員を3名登用することに決まった[4]

2019年の大会では史上初となる両者反則負けが言い渡された[5]

2020年の大会はオリンピック代表の選考対象から外されることになった。また、従来は前回大会の決勝進出者や前年のオリンピック、世界選手権の各階級優勝者、最重量級のメダリストらが推薦で大会に出場できたが、今大会では大会の価値を維持するために、それらに加えてオリンピック各階級の代表及び補欠選手、さらにはグランドスラム・大阪2019の各階級優勝者にも出場資格が与えられることになった[6][7]。また、東京オリンピックに向けての日本武道館改修により千葉ポートアリーナで開催することに。しかしながら、新型コロナウイルスの影響により、4月に開催予定だった今大会を史上初めて延期することになった[8]。その後、12月26日に講道館の大道場において無観客で実施されることに決まった[9]

2021年の大会は新型コロナウイルスの影響で地区予選の実施が困難となったために、通常の4月開催から前年同様12月26日に延期されることとなった[10]。2026年は4月29日昭和の日に政府主催の昭和100年記念式典が武道館開催のため4月26日に開催となった[11]

ルール

  • 2010年までは講道館試合審判規定、2011年からは国際柔道連盟試合審判規定に基づいて行われている[12]
  • 2016年までは試合時間は6分、同点の場合は延長は行わず旗判定を行っていた。
  • 2017年は大会規定が一部変更され、旗判定を廃止しゴールデンスコア方式による時間無制限の延長戦を採用するとともに、試合時間を6分から5分に短縮した[13]。2017年の国際柔道連盟試合審判規定で「有効」と「合わせ技一本」が廃止されたが[14]、本大会においてはこれらの規定は存続することになった[13]
  • 2018年以降試合時間を4分に短縮[15]。2024年の大会から試合時間を5分、決勝のみ8分に変更した[16]。旗判定も復活した[16]。さらに指導4回で反則負けとなった。
  • 2025年には相手の上衣を掴んでいる状態からの相手の帯より下へ触ること「脚掴み」が解禁となった。上衣掴みと脚掴みがほぼ同時の場合は指導のままとなった。ただし、外無双を使った背負落など直接的でない場合や補助的に掴む(触る)場合は反則とはならない。攻撃をされた受の者も脚掴みは許されることになった[17]

過去の大会

さらに見る 開催年, 開催日 ...
開催年開催日会場入賞者
優勝準優勝3位
1948年5月2日旧・講道館松本安市伊藤徳治吉松義彦香月光雄
1949年5月5日仮設国技館木村政彦
石川隆彦
醍醐敏郎伊藤徳治
1950年5月5日芝スポーツセンター石川隆彦広瀬巌松本安市醍醐敏郎
1951年5月5日旧・両国国技館醍醐敏郎吉松義彦石川隆彦羽鳥輝久
1952年5月18日旧・両国国技館吉松義彦石川隆彦醍醐敏郎山本博
1953年5月5日旧・両国国技館吉松義彦伊藤秀雄石川隆彦松本安市
1954年5月5日旧・両国国技館醍醐敏郎中村常男柄本芳孝夏井昇吉
1955年5月5日蔵前国技館吉松義彦夏井昇吉曽根康治伴庭一秀
1956年第1回世界選手権のため中止[注釈 4]
1957年5月5日蔵前国技館夏井昇吉曽根康治山舗公義橋元親
1958年5月5日東京都体育館曽根康治山舗公義小田雄三河野雅英
1959年5月5日東京都体育館猪熊功神永昭夫渡辺喜三郎高橋彰
1960年4月30日 - 5月1日東京都体育館神永昭夫猪熊功重松正成小田雄三
1961年4月29日 - 30日東京都体育館神永昭夫猪熊功山岸均田中章雄
1962年4月28日 - 29日東京都体育館竹内善徳長谷川博之佐藤和久松永満雄
1963年4月28日 - 29日東京都体育館猪熊功長谷川博之刀禰政弘村井正芳
1964年4月25日- 26日東京都体育館神永昭夫坂口征二長谷川博之猪熊功
1965年5月1日 - 2日日本武道館坂口征二松阪猛古賀武前田行雄
1966年4月30日 - 5月1日日本武道館松永満雄坂口征二松阪猛前島延行
1967年4月29日 - 30日日本武道館岡野功佐藤宣践佐藤幸二松阪猛
1968年4月28日 - 29日日本武道館松阪猛岡野功佐藤宣践松永満雄
1969年4月27日日本武道館岡野功前田行雄村井正芳園田勇
1970年4月29日日本武道館篠巻政利河原月夫園田勇安斉奏人
1971年4月29日日本武道館岩釣兼生佐藤宣践村井正芳二宮和弘
1972年4月29日日本武道館(仮設会場)関根忍岩田久和西村昌樹佐藤宣践
1973年4月29日日本武道館(仮設会場)上村春樹高木長之助藤猪省三諸井三義
1974年5月5日日本武道館佐藤宣践二宮和弘重松義成遠藤純男
1975年4月29日日本武道館上村春樹高木長之助山下泰裕篠巻政利
1976年4月29日日本武道館遠藤純男上口孝文高木長之助上村春樹
1977年4月29日日本武道館山下泰裕遠藤純男二宮和弘高木長之助
1978年4月29日日本武道館山下泰裕高木長之助遠藤純男河原月夫
1979年4月29日日本武道館山下泰裕遠藤純男松井勲上村春樹
1980年4月29日日本武道館山下泰裕遠藤純男松井勲河原月夫
1981年4月29日日本武道館山下泰裕遠藤純男松井勲白瀬英春
1982年4月29日日本武道館山下泰裕松井勲日蔭暢年斉藤仁
1983年4月29日日本武道館山下泰裕斉藤仁藤原敬生正木嘉美
1984年4月29日日本武道館山下泰裕斉藤仁松井勲正木嘉美
1985年4月29日日本武道館山下泰裕斉藤仁滝吉直樹正木嘉美
1986年4月29日日本武道館正木嘉美藤原敬生松井勲斉藤仁
1987年4月29日日本武道館正木嘉美元谷金次郎岡田龍司岡田弘隆
1988年4月29日日本武道館斉藤仁正木嘉美森成寿大迫明伸
1989年4月29日日本武道館小川直也関根英之渡辺直勇山本旗六
1990年4月29日日本武道館小川直也古賀稔彦三谷浩一郎金野潤
1991年4月29日日本武道館小川直也金野潤吉田秀彦中谷弘
1992年4月29日日本武道館小川直也大漉賢司甲斐康浩三谷浩一郎
1993年4月29日日本武道館小川直也金野潤養父直人増地克之
1994年4月29日日本武道館金野潤吉田秀彦小川直也養父直人
1995年4月29日日本武道館小川直也篠原信一養父直人中村佳央
1996年4月29日日本武道館小川直也三谷浩一郎賀持道明竹村典久
1997年4月29日日本武道館金野潤村元辰寛増地克之石田輝也
1998年4月29日日本武道館篠原信一井上康生中村佳央増地克之
1999年4月29日日本武道館篠原信一棟田康幸猿渡琢海三谷浩一郎
2000年4月29日日本武道館篠原信一井上康生下出善紀藤原康博
2001年4月29日日本武道館井上康生篠原信一村元辰寛小嶋新太
2002年4月29日日本武道館井上康生棟田康幸猿渡琢海大村昌弘
2003年4月29日日本武道館井上康生鈴木桂治篠原信一森大助
2004年4月29日日本武道館鈴木桂治井上康生棟田康幸森大助
2005年4月29日日本武道館鈴木桂治村元辰寛生田秀和高井洋平
2006年4月29日日本武道館石井慧鈴木桂治泉浩生田秀和
2007年4月29日日本武道館鈴木桂治石井慧井上康生片渕慎弥
2008年4月29日日本武道館石井慧鈴木桂治棟田康幸高井洋平
2009年4月29日日本武道館穴井隆将棟田康幸生田秀和立山広喜
2010年4月29日日本武道館高橋和彦立山広喜穴井隆将棟田康幸
2011年4月29日日本武道館鈴木桂治穴井隆将本郷光道高井洋平
2012年4月29日日本武道館加藤博剛石井竜太鈴木桂治百瀬優
2013年4月29日日本武道館穴井隆将原沢久喜石井竜太垣田恭兵
2014年4月29日日本武道館王子谷剛志上川大樹西潟健太永瀬貴規
2015年4月29日日本武道館原沢久喜七戸龍王子谷剛志西潟健太
2016年4月29日日本武道館王子谷剛志上川大樹原沢久喜七戸龍
2017年4月29日日本武道館王子谷剛志ウルフ・アロン七戸龍加藤博剛
2018年4月29日日本武道館原沢久喜王子谷剛志加藤博剛小川雄勢
2019年4月29日日本武道館ウルフ・アロン加藤博剛小川雄勢太田彪雅
2020年12月26日講道館羽賀龍之介太田彪雅佐々木健志石内裕貴
2021年12月26日講道館太田彪雅羽賀龍之介垣田恭兵王子谷剛志
2022年4月29日日本武道館斉藤立影浦心小川雄勢原沢久喜
2023年4月29日日本武道館王子谷剛志羽賀龍之介田嶋剛希太田彪雅
2024年4月29日日本武道館中野寛太原沢久喜グリーンカラニ海斗王子谷剛志
2025年4月29日日本武道館香川大吾原沢久喜中野寛太増山香補
2026年4月26日日本武道館田嶋剛希村尾三四郎太田彪雅新井道大
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記録

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氏名回数等年度
優勝回数山下泰裕9回1977-1985年
連続優勝記録山下泰裕9連覇1977-1985年
最年少優勝記録 石井慧19歳4ヶ月2006年
最軽量の覇者岡野功80kg1967年、1969年
関根忍1972年
出場最多回数棟田康幸15回1999-2013年
出場連続最多回数棟田康幸15回1999-2013年
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高校生の全日本選手権出場者

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出場年度 選手名  高校名  大会成績
1960年関勝治千葉商大付属第一高校予選リーグ敗退(1勝1敗)[注釈 5]
1974年松井勲関高校初戦敗退
1975年山下泰裕東海大相模高校3位
1996年井上康生東海大相模高校2回戦敗退
2013年佐藤和哉静岡学園高校3回戦敗退
2014年香川大吾崇徳高校3回戦敗退 
2014年田中源大高川学園高校初戦敗退
2017年松村颯祐開星高校初戦敗退
2018年村尾三四郎桐蔭学園高校2回戦敗退 
2018年中野寛太天理高校初戦敗退
2019年斉藤立国士舘高校3回戦敗退 
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脚注

関連項目

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