幸田宗丸

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本名 幸田 宗丸
生年月日 (1920-05-30) 1920年5月30日
没年月日 (1998-07-09) 1998年7月9日(78歳没)
こうだ むねまる
幸田 宗丸
本名 幸田 宗丸
生年月日 (1920-05-30) 1920年5月30日
没年月日 (1998-07-09) 1998年7月9日(78歳没)
出生地 熊本県熊本市
死没地 千葉県柏市柏の葉
国籍 日本の旗
民族 日本人
職業 俳優
ジャンル
活動期間 1955年 - 1997年
配偶者 幸田郁子(妻)
主な作品
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幸田 宗丸(こうだ むねまる、1920年大正9年〉5月30日[1] - 1998年平成10年〉7月9日)は、日本俳優。本名は同じ[1]

熊本県[1]熊本市出身[2]劇団文化座[1]を経て、エヌ・エー・シーに所属していた[1]

早くから役者を志し、太平洋戦争後、パン屋で働きながら劇団文化座で役者として活動する。その後、『ダイヤル110番』や『バス通り裏』など草創期のテレビドラマへと活動拠点を移して、特に刑事役で名を馳せた[3]

50歳を超えた頃からは、時代劇ドラマを中心に悪役俳優として活躍。特撮ドラマにも多数出演した。凄みのある演技が持ち味の個性派俳優であり、名脇役の1人としてお茶の間を支えた。

撮影時に台本をそのまま所持するのではなく、自ら毛筆で台詞を書き写し、書初めに使うような半紙を横長にして折り畳んだ自分専用の台本を持ち込んでいた。

1989年に『暴れん坊将軍』で頭を剃って以後、スキンヘッドを続けた[4]

1998年7月9日1時51分、胆管癌のため、国立がんセンター東病院で死去。78歳没[5]

出演

脚注

外部リンク

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