幽公 (晋) From Wikipedia, the free encyclopedia 王朝 晋在位期間 紀元前434年 - 紀元前416年(『史記』六国年表では、紀元前438年 - 紀元前420年)都城 新絳姓・諱 姫柳幽公 姫柳 晋 公(周制における爵位は侯)王朝 晋在位期間 紀元前434年 - 紀元前416年(『史記』六国年表では、紀元前438年 - 紀元前420年)都城 新絳姓・諱 姫柳諡号 幽公没年 紀元前416年父 哀公后妃 秦嬴 幽公(ゆうこう、生年不詳 - 紀元前416年)は、中国の春秋時代の晋の君主。姓は姫、名は柳。 晋の哀公の子として生まれた。紀元前434年、哀公が死去すると、後を嗣いで幽公が晋公として即位した。幽公のときには、以前とは逆に韓・趙・魏の君主のもとに朝見に赴く立場となっていた[1]。紀元前421年、幽公は魯の季孫と楚丘で会合した。魯が葭密を奪って、ここに築城した[2]。紀元前416年、幽公はひそかに夜間に邑中に出て、婦人と淫行に及んでいたが、このときに盗賊に殺害された[3]。子の烈公が晋公として即位した[1]。 脚注 1 2 『史記』晋世家 ↑ 『水経注』済水所引『竹書紀年』 ↑ 『史記』晋世家による。同書六国年表によると、魏が幽公を殺害したという。『史記索隠』晋世家所引『竹書紀年』によると、夫人の秦嬴が幽公を寝台の上で殺害したという。 先代哀公 晋の君主前434年 - 前416年 次代烈公 表話編歴晋の君主 唐叔虞 晋侯燮 武侯 成侯 厲侯 靖侯前858-前841 釐侯前840-前823 献侯前822-前812 穆侯前811-前785 殤叔前784-前781 文侯前780-前746 成師(桓叔)の曲沃就封で、晋は翼の宗家と曲沃の分家に分裂 翼宗家 昭侯前745-前739 孝侯前739-前724 鄂侯前723-前718 哀侯前717-前710 小子侯前709-前706 晋侯緡前706-前679断絶 曲沃分家 桓叔前745-前731 荘伯前731-前716 武公前716-前678 曲沃の武公が翼の晋侯緡を滅ぼし、晋が再統一される 武公前678-前677 献公前676-前651 奚斉前651 卓子前651 恵公前650-前637 懐公前637-前636 文公前636-前628 襄公前627-前621 霊公前620-前607 成公前606-前600 景公前599-前581 厲公前580-前573 悼公前572-前558 平公前557-前532 昭公前531-前526 頃公前525-前512 定公前511-前475 出公前474-前457 哀公前456-前438 幽公前437-前420 烈公前419-前393 孝公前392-前378 静公前377-前376 カテゴリ Related Articles