献侯 From Wikipedia, the free encyclopedia 国名 晋在位期間 紀元前823年 - 紀元前812年都城 翼姓・諱 姫蘇献侯 姫蘇 晋 侯国名 晋在位期間 紀元前823年 - 紀元前812年都城 翼姓・諱 姫蘇諡号 献侯没年 紀元前812年父 釐侯 献侯(けんこう、生年不詳 - 紀元前812年)は、中国の西周時代の晋の君主。姓は姫、名は藉[注釈 1]。北趙晋侯墓地8号墓出土銘文の「晋侯穌」に相当する人物と推測されている[1]。 晋の釐侯の子として生まれた。紀元前823年、釐侯が死去すると、後を嗣いで献侯が晋侯として即位した。紀元前812年、献侯は死去し、子の穆侯が晋侯として即位した[2]。 「晋侯穌鐘」の銘文によると、「王の三十三年に王が東国と南国に遠征し、従軍した晋侯穌に夙夷の討伐を命じたところ、穌は東方と南方の戦いでたび重なる戦果をあげ、成周で王から賞賜をうけた」と記されていた[3]。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ 『史記』晋世家による。『史記索隠』晋世家所引の『世本』は、名を蘇とする。 出典 ↑ 岡村 2008, p. 220. ↑ 『史記』晋世家 ↑ 岡村 2008, p. 221. 参考文献 岡村秀典『中国文明 農業と礼制の考古学』京都大学学術出版会、2008年。ISBN 978-4-87698-836-5。 先代釐侯 晋の君主前823年 - 前812年 次代穆侯 表話編歴晋の君主 唐叔虞 晋侯燮 武侯 成侯 厲侯 靖侯前858-前841 釐侯前840-前823 献侯前822-前812 穆侯前811-前785 殤叔前784-前781 文侯前780-前746 成師(桓叔)の曲沃就封で、晋は翼の宗家と曲沃の分家に分裂 翼宗家 昭侯前745-前739 孝侯前739-前724 鄂侯前723-前718 哀侯前717-前710 小子侯前709-前706 晋侯緡前706-前679断絶 曲沃分家 桓叔前745-前731 荘伯前731-前716 武公前716-前678 曲沃の武公が翼の晋侯緡を滅ぼし、晋が再統一される 武公前678-前677 献公前676-前651 奚斉前651 卓子前651 恵公前650-前637 懐公前637-前636 文公前636-前628 襄公前627-前621 霊公前620-前607 成公前606-前600 景公前599-前581 厲公前580-前573 悼公前572-前558 平公前557-前532 昭公前531-前526 頃公前525-前512 定公前511-前475 出公前474-前457 哀公前456-前438 幽公前437-前420 烈公前419-前393 孝公前392-前378 静公前377-前376 カテゴリ Related Articles