弘道会
日本の愛知県名古屋市にある暴力団
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概要
自らの組織の実態を秘匿することに努める上に、取り調べや対話に対して完全に黙秘を通したり、家宅捜索では出入口を封鎖して捜査員の入室を妨害するなど、警察に対して徹底的な対決姿勢を示す組織である。
さらに、内部の十仁会という組織が中心となって暴力団捜査担当の警察官の氏名や年齢、住所、所有車のナンバーから家族や親戚知人に至る様々な個人情報を収集し、暗黙に警察官に圧力を示すなどしている。そのため、警察庁は暴力団捜査において暴力団のマフィア化を牽引する山口組の中核組織であるとして、弘道会への徹底取締りを最重要課題としており、愛知県警刑事部捜査第4課内に弘道会特別対策室が設置されている。
一方で愛知県警の暴力団担当刑事との癒着が指摘されており、県警内部からは逮捕者が出ている[1]。
2006年に、弘道会がユーザー360万人のSNSを乗っ取って個人情報を取得したとする報告が存在する[2]。 弘道会はガルエージェンシーという私立探偵社を雇い、ソフトバンクに出向いて「捜査している警察官の電話番号を入手しろ」と依頼した。電話番号を入手すると、彼らはそれを使って警察官の住所を突き止め、次に警察官の家族の写真を撮り、警察官に関する情報を収集したとされる[2]。
弘道会は、元愛知県警の警察官によって「金融マフィア」と称される。弘道会の業務には、犯罪組織向けの銀行業または投資銀行業が含まれる[3]。また、弘道会は不動産業、証券業、エンターテイメント産業といった伝統的な「ヤクザとのかかわりの強い」ビジネスにおいても、非常に活発かつ強力であるとされる[4]。
日本のメディア情報によれば、弘道会の事業は日本の全てのヤクザ組織の中で最も収益性が高い。弘道会は、中部国際空港建設プロジェクトにおける岩石、砂、砂利の唯一の供給元となることで、莫大な金額を稼ぎ出したと報じられている。同組織は、名古屋港の港湾荷役会社及び倉庫会社を支配し、名古屋地域の性風俗店を独占することで、多額の収益を得ている[5]。
弘道会は山口組の中でも最も資金の潤沢な組の一つであり、ワーキング・キャピタルは2011年当時で推定約4,000億円に上るとされる[3]。
暴力団は恐喝や贈収賄などの犯罪行為を行っており、アメリカ国内で麻薬密売や資金洗浄に関与しているとして、米国政府は弘道会をテロ組織に指定している。米国財務省外国資産管理局によって、米国に所在する、または米国人の管理下にある弘道会のすべての資産は凍結され、米国人との資産の取引を行うことが禁止された[6]。
活動内容
特殊詐欺
三代目弘道会は、特殊詐欺を組織の重要な資金源としている。警察当局による摘発や相次ぐ民事訴訟により、傘下組織が「組織の威力」を背景に関与し、その収益が上納金として上部組織に流れる構造が明らかになった。近年では、SNSを利用して実行犯を募る「非対面型」の組織運営が顕著である[7][8]。
以前の特殊詐欺は組員やその知人が中心であったが、近年はSNSを通じた「闇バイト」募集により、暴力団と直接の接点がない一般人を「受け子」や「出し子」として利用する形態へ移行した。実行犯の募集には「高額案件」などの偽装工作が用いられ、一度関与した若者は、暴力団の名前や身分証の提示を背景とした脅迫によって組織から抜け出せないよう管理される実態が指摘されている。
2023年には、フィリピンを拠点とした大規模な特殊詐欺グループに弘道会系組員が関与していたことが判明。日本国内の取り締まりを逃れるため、東南アジア諸国に活動拠点を分散・多角化させている[9]。
使用者責任と法的認定
2019年12月、水戸地裁は弘道会系組員による特殊詐欺事件を巡る損害賠償請求訴訟において、「特殊詐欺は暴力団の威力を利用して行われた資金獲得活動である」と認定した。この判決では、暴力団の背景が末端メンバーの統制や離脱阻止に利用されていた点が指摘され、暴力団対策法上の「使用者責任」が認められた[10]。
この判決以降、弘道会会長らに対し被害者への賠償を命じる判決や、会長側が賠償責任を認めて和解に応じる事例が相次いでいる[11]。
恐喝(みかじめ料)
弘道会は、飲食店や建設業界など多岐にわたる業種から「みかじめ料」や「用心棒代」として多額の資金を徴収してきた。警察当局はこれらを組織の主要な資金源と断定し、取り締まりを強化している[12][13][14][15]。
建設業界への恐喝と首領の逮捕
2010年11月、当時弘道会会長であり山口組のナンバー2(若頭)であった高山清司が、建設業者から用心棒代として合計約4,000万円を脅し取った容疑で逮捕された。この事件は、警察庁が「弘道会壊滅作戦」を掲げる中で行われた象徴的な摘発であり、暴力団が建設業界に深く関与していた実態を浮き彫りにした[12]。
繁華街における組織的徴収
2017年、本拠地の名古屋において、弘道会会長の竹内照明らが組織的に用心棒代を徴収していたとして、飲食店や風俗店に対する恐喝容疑などで逮捕された。飲食店から計18万円、風俗店からは40万円を徴収していた[13][14]。
犯罪収益の受領
下部組織が違法行為で得た利益を組織幹部が受け取る行為に対しても、厳格な法的追及が行われている。 2025年には、弘道会直系組織の幹部が、違法な賭博店から得られた犯罪収益であることを知りながら、現金100万円を「上納金」などの名目で受け取ったとして、組織的犯罪処罰法違反(犯罪収益等収受)の容疑で逮捕された[15]。
警察に対する情報漏洩工作
弘道会は、結成当初から警察の取り締まりに対する強い対抗姿勢を鮮明にしており、その一環として警察組織内部への情報工作を組織的に行ってきた[16]。
警察官個人に対し、飲食接待や金銭の提供、あるいは弱みにつけ込む形での接触を図り、暴力団内部の警察への協力者(いわゆる「エス」)を逆に警察から情報を漏洩する二重スパイとして利用することで情報源獲得が図られてきた[17]。
2012年に愛知県警の警部補が地方公務員法違反(守秘義務違反)容疑で逮捕された事件では、家宅捜索の日時や捜査車両のナンバーなどの情報が、継続的に弘道会側へ漏洩していた実態が解明された[17][18]。
これらの工作の主な目的は、強制捜査の事前察知、組織幹部の摘発回避、および捜査手法の逆探知にある。警察庁は一暴力団が警察組織へ「浸食」する事態を重く見て、2010年に「弘道会壊滅作戦」を全国の警察に指示するに至った[19][16]。
来歴
前身・弘田組
1966年(昭和41年)5月5日、名古屋港で沖仲仕を仕切っていた三代目山口組(組長は田岡一雄)鈴木組組長・鈴木光義(中森光義とも名乗った)がヤクザから引退。この時、鈴木組も解散するが、若頭の弘田武志が鈴木組の縄張りなどを引き継ぎ弘田組を結成、同時に弘田も山口組直参に取り立てられる。
弘田は若頭に司忍を据え、司は司興業を旗揚げ。更に佐々木康裕が弘田より親子盃を受け、佐々木組を結成した。1975年(昭和50年)に 髙山清司が佐々木組若頭に就任、翌年に佐々木組は菱心会と改名し髙山は理事長に就任した。
弘道会設立
山口組四代目跡目問題で弘田は山本広擁立にまわり、竹中正久と対立。しかし司ら幹部の説得により山本らが結成した一和会には参加せず、1984年(昭和59年)に弘田は引退。弘田組を若頭の司が引き継ぎ、初代弘道会が発足した。弘田組若頭補佐だった高山は引き続き若頭補佐を務め、1989年(平成元年)に若頭に就任した。
1991年(平成3年)には名古屋抗争により運命共同会・中京五社会を解体させ、その多くを傘下に取り込んだ。その後、司が六代目山口組組長を継承すると、2005年(平成17年)3月に弘道会若頭・髙山清司(二代目髙山組総裁)が二代目を継承、山口組若頭にも就任した(同時に司は二代目として弘田組を復興させている)。これにより、山口組結成以来、初めて一つの組(弘道会)が山口組のナンバー1とナンバー2を占めることとなった。
2013年(平成25年)には竹内照明が三代目を継承、山口組直参に昇格した。
2015年(平成27年)8月には、山健組や宅見組などの関西に本拠を置く山口組勢力が弘道会を中心とした組織運営に不満を募らせて離脱に動き、神戸山口組を結成。山口組執行部側は、山健組など離脱派の組長10数人への制裁処分を行った。こうした動きに対し兵庫県議会の警察常任委員会は8月28日、県民の不安が大きいため、総力を挙げて対応するよう兵庫県警に要請した[20][21]。
歴代会長
四代目弘道会組織図
執行部
若頭補佐
| 役職 | 氏名 | 率いる三次団体 | 本拠地 |
|---|---|---|---|
| 事務局長 | 室橋宏司 | 室橋興業 | 名古屋市中川区 |
| 組織統括委員長 | 遠藤 輝 | 遠藤組 | 東京都八王子市 |
| 綱紀統括委員長 | 小澤達夫 | 小澤組 | 東京都台東区 |
舎弟
| 氏名 | 率いる三次団体 | 本拠地 |
|---|---|---|
| 藤島洋志 | 藤島組 | 東京都台東区 |
| 磯部伸冶 | 十代目常滑一家 | 愛知県知多郡武豊町 |
| 木村晃司 | 二代目野崎組 | 三重県伊勢市 |
| 関谷優二 | 関谷組 | 名古屋市千種区 |
| 金田基一 | 金田組 | 秋田県秋田市 |
| 桑原達彦 | - | - |
| 浅丘健次 | 浅丘組 | 名古屋市熱田区 |
| 山原清市 | 山原組 | 名古屋市西区 |
