徐若熙

台湾のプロ野球選手 (2000-) From Wikipedia, the free encyclopedia

徐 若熙(シュー・ルオシー、2000年11月1日 - )は、台湾中華民国桃園市出身のプロ野球選手投手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。

国籍 中華民国の旗 中華民国台湾
出身地 桃園市
生年月日 (2000-11-01) 2000年11月1日(25歳)
身長
体重
180 cm
76 kg
概要 福岡ソフトバンクホークス #18, 基本情報 ...
徐 若熙
Hsu Jo-Hsi
福岡ソフトバンクホークス #18
2023年の徐若熙
基本情報
国籍 中華民国の旗 中華民国台湾
出身地 桃園市
生年月日 (2000-11-01) 2000年11月1日(25歳)
身長
体重
180 cm
76 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2019年CPBLドラフト1位(全体6位)
初出場 CPBL / 2021年3月17日
NPB / 2026年4月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム チャイニーズタイペイの旗 チャイニーズタイペイ
WBC 2026年
閉じる
繁体字 徐 若熙
拼音 Xú ruòxī
注音符号 ㄒㄩˊㄖㄨㄛˋㄒㄧ
和名表記: じょ じゃくき
概要 徐 若熙, 各種表記 ...
徐 若熙
各種表記
繁体字 徐 若熙
拼音 Xú ruòxī
注音符号 ㄒㄩˊㄖㄨㄛˋㄒㄧ
和名表記: じょ じゃくき
発音転記: シュー・ルオシー
英語名 Hsu Jo-Hsi
テンプレートを表示
閉じる

経歴

プロ入り前

2000年11月1日、現在の台湾・桃園市にて、4人兄弟の末っ子として誕生した。台湾における先住民族の一つであるプユマ族の血を引いている[1]

兄の影響で野球を始め、中学時代には遊撃手兼投手としてポニーリーグの世界大会優勝に貢献した[1]。その後、台湾屈指の強豪である平鎮高校へ進学したが、打撃が今ひとつだったことから投手に専念することとなった[1]。高校1年の終わりに肘に違和感を覚え、軟骨剥離の手術を受けたが、リハビリと並行して投球フォームの見直しを行ったことで球速が飛躍的に向上。高校3年時にはエースに指名され、最速153km/hを記録するまでに成長した[1]

なお、北海道日本ハムファイターズの古林睿煬は高校の1学年先輩にあたり、プロ入り後の2021年4月27日には一軍での先発投げ合いも実現している[1]

味全時代

2019年7月に行われたCPBLドラフト会議にて、この年20年ぶりにリーグへ復帰した味全ドラゴンズから1巡目(全体6位)指名を受けて入団した[1]

プロ入り直後に肘のクリーニング手術を受けたため出遅れたが、じっくりと体づくりを行い、2021年3月17日の中信兄弟戦で一軍初登板・初先発を果たした[1]。このデビュー戦では、3回2/3を投げて奪った11個のアウト全てを三振で仕留めるという圧巻の投球を見せた。さらに開幕3試合で26奪三振というリーグの台湾人投手新記録を樹立し、国内外にその名を轟かせた[1]

しかし2022年春、スロー調整中に肘の靭帯断裂が判明する。医師からは保存療法を勧められたものの、本人の強い希望によりトミー・ジョン手術の決行に踏み切った[1]。1年余りに及ぶ過酷なリハビリ期間中も心が折れることはなく、チームメイトの倍のトレーニングを自らに課して徹底的に肉体をいじめ抜いた結果、復帰後の投球はさらに凄みを増すこととなった[1]

2023年8月に実戦復帰を果たすと、同年の台湾シリーズで味全を24年ぶりの台湾王者に導く熱投を見せ、シリーズMVPを獲得した。いつしか「龍之子(The Son of Dragon)」の愛称で親しまれるようになり、名実ともにCPBLの顔となった[1]。同年12月、台湾初の室内球場である台北ドームのこけら落としとなったアジア選手権では台湾代表のエースとして登板。12月3日の韓国との開幕戦に先発して7回無失点10奪三振の好投を見せ、記念すべき「台北ドーム初勝利投手」に輝いた[1]。決勝の日本戦を含め計12回を投げ18奪三振・自責点0を記録し、国際舞台での実力を証明した[1]

2024年シーズンは年間を通じて先発陣の柱として定着。自己最多となる94回2/3を投げて113奪三振、防御率2.47の成績を残した。また、同年には自己最速を更新する158km/hを計測するなど、エースとしてさらなる進化を遂げた。

2025年シーズンはオフの海外移籍(ポスティングシステム)を控えていたこともあり、登板の度に日米各球団のスカウトから熱視線が送られた。5月初旬には、トミー・ジョン手術以降に医師の指示のもとチームが設けていた球数制限が解除され、シーズン中には8回を被安打2・無失点に抑え完封勝利まであと一歩に迫る好投も披露した[2]。シーズンを通して打線の援護に恵まれず5勝7敗と負け越し、規定投球回にもわずかに届かなかったものの、全19試合に先発して自己最多となる114回を投げた。防御率2.05、120奪三振(与四球14)、WHIP0.81、被打率.191という圧倒的な成績を残し、CPBL屈指の右腕としてその実力を強くアピールした[3]

ソフトバンク時代

同年10月29日にCPBLを通じてポスティングシステムの行使を正式に申請すると、MLB球団やNPBの複数球団による激しい争奪戦となった[4]。11月には福岡を訪れて王貞治球団会長らと面会して熱意を伝えられ、12月22日に福岡ソフトバンクホークスへの入団が正式に発表された。背番号は「18」[5]

2026年2月6日、2026 ワールド・ベースボール・クラシックチャイニーズタイペイ代表メンバーに正式に選出され[1]、3月5日、1次ラウンド初戦のオーストラリア戦に先発、4回無失点の好投もチームは敗退、最終的に決勝ラウンド進出ならず、同月11日にはチームに合流した[6]

4月1日、対楽天2回戦(楽天モバイル)でNPB公式戦初先発初登板を果たすと、6回被安打3四球2無失点の好投、柳田悠岐の本塁打など打線の援護もあり初勝利を挙げた[7]。しかし本拠地初登板となった8日の対西武2回戦(みずほPayPay)で初回先頭打者に与えた本塁打による1失点のみながら味方打線の援護なく初黒星を喫すると、次の登板となった17日のオリックス戦(みずほPayPay)でも前回同様に初回先頭打者に被弾すると、その後も大乱調で1回⅔を投げ被安打6四死球5失点7、来日最短KO負けを喫する[8]。翌日一旦登録抹消となる[9]

選手としての特徴

スリークォーターから最速158km/hのストレートと[10]、鋭く落ちるスプリットチェンジ(投球割合約20%、主に対左打者対策[11])が決め球[12][13]。主に対右打者対策のスライダーやカーブ[11][14]と組み合わせて、複数の球種を近い軌道から変化させることによって、打者の見極めを困難にする「ピッチトンネル」の活用に優れている[13]

詳細情報

年度別投手成績

さらに見る 年 度, 球 団 ...




















































W
H
I
P
2021 味全 20190003700.30033281.06502503984033283.111.11
2023 5400010001.0005815.11002011810221.170.78
2024 20180007401.63638394.276329231132030262.471.11
202519190005700.416429114.078614041201031262.050.81
通算:4年 6460000161801.4701202305.02299702113498096822.420.98
閉じる
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績

さらに見る 年 度, 球 団 ...


投手












2021 味全 2076011.000
2023 511001.000
2024 2054001.000
2025 19 7 11 0 0 1.000
通算 451311011.000
閉じる
  • 2025年度シーズン終了時

記録

CPBL

初記録

NPB

初記録

背番号

  • 18(2019年 - )

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI