徐若熙
台湾のプロ野球選手 (2000-)
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経歴
プロ入り前
2000年11月1日、現在の台湾・桃園市にて、4人兄弟の末っ子として誕生した。台湾における先住民族の一つであるプユマ族の血を引いている[1]。
兄の影響で野球を始め、中学時代には遊撃手兼投手としてポニーリーグの世界大会優勝に貢献した[1]。その後、台湾屈指の強豪である平鎮高校へ進学したが、打撃が今ひとつだったことから投手に専念することとなった[1]。高校1年の終わりに肘に違和感を覚え、軟骨剥離の手術を受けたが、リハビリと並行して投球フォームの見直しを行ったことで球速が飛躍的に向上。高校3年時にはエースに指名され、最速153km/hを記録するまでに成長した[1]。
なお、北海道日本ハムファイターズの古林睿煬は高校の1学年先輩にあたり、プロ入り後の2021年4月27日には一軍での先発投げ合いも実現している[1]。
味全時代
2019年7月に行われたCPBLドラフト会議にて、この年20年ぶりにリーグへ復帰した味全ドラゴンズから1巡目(全体6位)指名を受けて入団した[1]。
プロ入り直後に肘のクリーニング手術を受けたため出遅れたが、じっくりと体づくりを行い、2021年3月17日の中信兄弟戦で一軍初登板・初先発を果たした[1]。このデビュー戦では、3回2/3を投げて奪った11個のアウト全てを三振で仕留めるという圧巻の投球を見せた。さらに開幕3試合で26奪三振というリーグの台湾人投手新記録を樹立し、国内外にその名を轟かせた[1]。
しかし2022年春、スロー調整中に肘の靭帯断裂が判明する。医師からは保存療法を勧められたものの、本人の強い希望によりトミー・ジョン手術の決行に踏み切った[1]。1年余りに及ぶ過酷なリハビリ期間中も心が折れることはなく、チームメイトの倍のトレーニングを自らに課して徹底的に肉体をいじめ抜いた結果、復帰後の投球はさらに凄みを増すこととなった[1]。
2023年8月に実戦復帰を果たすと、同年の台湾シリーズで味全を24年ぶりの台湾王者に導く熱投を見せ、シリーズMVPを獲得した。いつしか「龍之子(The Son of Dragon)」の愛称で親しまれるようになり、名実ともにCPBLの顔となった[1]。同年12月、台湾初の室内球場である台北ドームのこけら落としとなったアジア選手権では台湾代表のエースとして登板。12月3日の韓国との開幕戦に先発して7回無失点10奪三振の好投を見せ、記念すべき「台北ドーム初勝利投手」に輝いた[1]。決勝の日本戦を含め計12回を投げ18奪三振・自責点0を記録し、国際舞台での実力を証明した[1]。
2024年シーズンは年間を通じて先発陣の柱として定着。自己最多となる94回2/3を投げて113奪三振、防御率2.47の成績を残した。また、同年には自己最速を更新する158km/hを計測するなど、エースとしてさらなる進化を遂げた。
2025年シーズンはオフの海外移籍(ポスティングシステム)を控えていたこともあり、登板の度に日米各球団のスカウトから熱視線が送られた。5月初旬には、トミー・ジョン手術以降に医師の指示のもとチームが設けていた球数制限が解除され、シーズン中には8回を被安打2・無失点に抑え完封勝利まであと一歩に迫る好投も披露した[2]。シーズンを通して打線の援護に恵まれず5勝7敗と負け越し、規定投球回にもわずかに届かなかったものの、全19試合に先発して自己最多となる114回を投げた。防御率2.05、120奪三振(与四球14)、WHIP0.81、被打率.191という圧倒的な成績を残し、CPBL屈指の右腕としてその実力を強くアピールした[3]。
ソフトバンク時代
同年10月29日にCPBLを通じてポスティングシステムの行使を正式に申請すると、MLB球団やNPBの複数球団による激しい争奪戦となった[4]。11月には福岡を訪れて王貞治球団会長らと面会して熱意を伝えられ、12月22日に福岡ソフトバンクホークスへの入団が正式に発表された。背番号は「18」[5]。
2026年2月6日、2026 ワールド・ベースボール・クラシックチャイニーズタイペイ代表メンバーに正式に選出され[1]、3月5日、1次ラウンド初戦のオーストラリア戦に先発、4回無失点の好投もチームは敗退、最終的に決勝ラウンド進出ならず、同月11日にはチームに合流した[6]。
4月1日、対楽天2回戦(楽天モバイル)でNPB公式戦初先発初登板を果たすと、6回被安打3四球2無失点の好投、柳田悠岐の本塁打など打線の援護もあり初勝利を挙げた[7]。しかし本拠地初登板となった8日の対西武2回戦(みずほPayPay)で初回先頭打者に与えた本塁打による1失点のみながら味方打線の援護なく初黒星を喫すると、次の登板となった17日のオリックス戦(みずほPayPay)でも前回同様に初回先頭打者に被弾すると、その後も大乱調で1回⅔を投げ被安打6四死球5失点7、来日最短KO負けを喫する[8]。翌日一旦登録抹消となる[9]。
選手としての特徴
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2021 | 味全 | 20 | 19 | 0 | 0 | 0 | 3 | 7 | 0 | 0 | .300 | 332 | 81.0 | 65 | 0 | 25 | 0 | 3 | 98 | 4 | 0 | 33 | 28 | 3.11 | 1.11 |
| 2023 | 5 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 58 | 15.1 | 10 | 0 | 2 | 0 | 1 | 18 | 1 | 0 | 2 | 2 | 1.17 | 0.78 | |
| 2024 | 20 | 18 | 0 | 0 | 0 | 7 | 4 | 0 | 1 | .636 | 383 | 94.2 | 76 | 3 | 29 | 2 | 3 | 113 | 2 | 0 | 30 | 26 | 2.47 | 1.11 | |
| 2025 | 19 | 19 | 0 | 0 | 0 | 5 | 7 | 0 | 0 | .416 | 429 | 114.0 | 78 | 6 | 14 | 0 | 4 | 120 | 1 | 0 | 31 | 26 | 2.05 | 0.81 | |
| 通算:4年 | 64 | 60 | 0 | 0 | 0 | 16 | 18 | 0 | 1 | .470 | 1202 | 305.0 | 229 | 9 | 70 | 2 | 11 | 349 | 8 | 0 | 96 | 82 | 2.42 | 0.98 | |
- 2025年度シーズン終了時
年度別守備成績
- 2025年度シーズン終了時
記録
CPBL
- 初記録
- 初登板・初先発登板:2021年3月17日、対中信兄弟1回戦(台中インターコンチネンタル野球場)、3回2/3を無失点11奪三振で勝敗つかず
- 初奪三振:同上、1回裏に王威晨から空振り三振
- 初勝利・初先発勝利:2021年8月8日、対富邦ガーディアンズ15回戦(新荘体育場野球場)、5回1失点
- 初ホールド:2024年7月14日、対中信兄弟15回戦(台中インターコンチネンタル野球場)、8回裏に2番手で救援登板、1回無失点
NPB
- 初記録
- 初登板・初先発登板・初勝利・初先発勝利:2026年4月1日、対東北楽天ゴールデンイーグルス2回戦(楽天モバイル 最強パーク宮城)、6回無失点[15]
- 初奪三振:同上、1回表に佐藤直樹から空振り三振
背番号
- 18(2019年 - )