揖斐・長良川橋梁 (近鉄名古屋線)
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揖斐・長良川橋梁(関西急行電鉄)
揖斐・長良川橋梁(近鉄)
関西急行電鉄によって名古屋・桑名間が開通し、ようやく名古屋進出を果たした大軌(近鉄の前身)であったが、伊勢電気鉄道が線路規格として採用した狭軌と、大軌・参急の採用する標準軌という線路幅の違いにより直通運転はできず、参急江戸橋・参急中川間を標準軌から狭軌へ改軌することで名古屋からの列車を中川まで直通させるなど乗り換えを減らす改善策を試みるものの、名古屋や三重県北中部と伊勢や大阪方面を行き来する利用客は依然として中川での乗換えを強いられていた。そこで後の近鉄は創業50周年を目前に控え、予てよりの念願であった名阪間と名伊間の乗り換え無しの直通運転を実現するべく準備を進めていた。
それまでの揖斐・長良川橋梁は、使い古しの橋脚を用いた単線の構造であったため、将来の輸送力増強と標準軌化に対応できる、当時複線としては日本最長となる新しい橋梁への架け替えが計画された。新しい橋梁はそれまでのすぐ上流側に平行に計画され、1957年(昭和32年)10月より建設が開始された。建設に際しては国鉄関西本線揖斐・長良川橋梁の増線用として構築された未使用のケーソンの払い下げを受けた上で活用した。また、伊勢寄りにある垂直方向の鋼材が組み込まれた1スパンは、1929年(昭和4年)に完成し1942年(昭和17年)8月に新松阪~大神宮前間が廃止されたことにより不要となった伊勢電気鉄道の宮川橋梁の一部を補修の上移築したものである。
新橋梁は1959年(昭和34年)9月に完成し、当初は狭軌で運用されていたが、完成から1週間後に伊勢湾台風が上陸。名古屋線は大きな被害を受ける。名古屋線の復旧工事と合わせて標準軌化が行われた。11月、名古屋線の標準軌化とともに供用が開始された。なお旧橋梁の橋脚は現在も残されており、干潮時の川面にその姿を目にすることができる。