敬孝義皇后
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ホルチン大妃グムブ(袞布)と、その前夫マングス(孝端文皇后の父、孝荘文皇后の祖父)の孫にあたるソノム(索諾木)の娘として生まれる。ホルチン大妃は夫マングスの死後、モンゴルの習慣に基づき、その孫であるソナム(索納穆)と再婚していた。しかしそのソナムも、明清交替に伴う戦の一つである己巳の変ですぐに亡くなってしまった。
ホルチン大妃の子が次々と清の皇族と婚姻する中、天聡9年(1635年)、ドルゴンはバトマを娶った。
崇徳元年(1636年)11月にホンタイジにより、ドルゴンの妻バトマにホショイ・ダ・フジン(和碩嫡福晋)の称号が与えられたと記されている[1]。
彼女の姉妹の一人はホーゲのフジン(福晋)であったが、ホーゲが順治5年(1648年)に亡くなった後、翌年にドルゴンと再婚し、ドルゴンの5番目のフジン(福晋)となっている。