新居大島
愛媛県、燧灘にある島
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社会
2014年1月現在、268人が住み、車えび養殖とみかん・島特産の白いもの栽培が主な産業。高齢化率が高く、また離島であるために過疎化が進み、後継者不足が懸念されている。
これに対し、1997年頃より、地元有志により、福祉ボランティアを手始めに活性化の取組みが始まった。2000年にはNPOに衣替えし、地域通貨を活用した地域福祉の取組みを行った。ただ、この取組みは、なにかを介在させなくとも自然な形で助け合い的な活動は行われていたことや、仕組みになじみが薄いこともあって、立ち消えになってしまう。また、愛媛県工業技術センターの開発した微生物を活用した生活雑配水の浄化の取組みを行ってきた。白いもの活用については、2003年より取組み、特区制度を活用し、白いも畑のオーナー制、白いもを用いた芋焼酎の製造に着手するなど、活性化の糸口をつかみかけてはいたが現在すでに低迷している。
交通
歴史
とうどおくり
島では、毎年成人の日に左儀帳という行事が行われる。正月の3日に、少年らが集めた門松、笹、注連縄を組み合わせて、高さ12mの「とうど」さんを各地区に1基ずつの計4基と子ども用1基を作る。それを成人の日の午前6時頃に東の地区から順番に点火してゆく行事で、東予地方の漁村でも行われているが、昔の作法で行われるのは大島だけになっている[1]。
その他
- 10月第2土曜と日曜日の2日間にわたり行われ、3台の屋台が、土曜日の午後6時に八幡神社へ集合し、地区内を練り歩く。夜に始まるため宵宮の名で呼ばれるようになった[1]。なお、八幡神社社殿の右脇に市指定有形文化財の大元神社本殿がある。
- 正立山正覚院願行寺
- 市内唯一の浄土宗の寺院で、本尊の阿弥陀如来は、1250年ころの慶派の作と伝えられる。この阿弥陀如来は、京の戦乱を避けた僧が宇摩郡まで逃げ延び安置していたが、教典にいう極楽浄土は、この大島であると悟り、1573年願行寺を建立したと伝えられる。また寺には「幽霊の片袖」が残されている。これは幼い愛娘を残して死んだ母親が亡霊となってわが子の元に現れ、母を想い泣き暮れる娘に自分の片袖を遺したものと伝えられる。その後、娘は願行寺で尼となり、母の菩提を弔った[1]。新居浜八十八ヶ所第87番。
- 陽向山多門院吉祥寺
- 貞観年間(860年)頃、大島八幡宮の別当寺として開創。神宮寺として大日如来を奉っていたが焼失。1780年、毘沙門天を迎え改名した。真言宗善通寺派。新居浜八十八ヶ所第88番。仏海上人が1745年に当地で刻んだ百体地蔵尊(新居浜市指定文化財)を祀る地蔵堂が約300m東の飛び地境内にある。
- 大島診療所


