新関駅 (岐阜県)
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所在地
岐阜県関市栄町1丁目
北緯35度29分15.3秒 東経136度54分39.6秒 / 北緯35.487583度 東経136.911000度座標: 北緯35度29分15.3秒 東経136度54分39.6秒 / 北緯35.487583度 東経136.911000度
北緯35度29分15.3秒 東経136度54分39.6秒 / 北緯35.487583度 東経136.911000度座標: 北緯35度29分15.3秒 東経136度54分39.6秒 / 北緯35.487583度 東経136.911000度
所属路線
美濃町線
キロ程
18.5 km(徹明町起点)
| 新関駅* | |
|---|---|
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廃止直前の駅舎(2005年3月) | |
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しんせき** SHIN SEKI | |
| 所在地 |
岐阜県関市栄町1丁目 北緯35度29分15.3秒 東経136度54分39.6秒 / 北緯35.487583度 東経136.911000度座標: 北緯35度29分15.3秒 東経136度54分39.6秒 / 北緯35.487583度 東経136.911000度 |
| 所属事業者 | 名古屋鉄道(名鉄) |
| 所属路線 | 美濃町線 |
| キロ程 | 18.5 km(徹明町起点) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
1,890人/日 -1992年[1]- |
| 開業年月日 | 1911年(明治44年)2月11日 |
| 廃止年月日 | 2005年(平成17年)4月1日 |
| 備考 |
有人駅 * 改称経歴 - 大正初期 関駅→美濃関駅 - 1923年 美濃関駅→新美濃関駅 - 1924年ころ 新美濃関駅→新関駅 ** 1990年までは「しんぜき」と呼称。 |
新関駅(しんせきえき)は、岐阜県関市栄町1丁目にあった名鉄美濃町線の駅である。美濃町線の廃止にともない、2005年(平成17年)4月1日をもって廃駅となった。
1911年(明治44年)に美濃町線が美濃電気軌道の路線として開通したのに合わせて開設された。開業時の駅名は関駅(せきえき)であったが、その後大正時代に入ると美濃関駅(みのぜきえき)、新美濃関駅(しんみのぜきえき)と相次いで改称され、新関駅に変更されたのは大正末期の1924年(大正13年)ころである[2]。しかし当時の呼称は「しんぜきえき」であり、濁らず「しんせきえき」と呼ぶようになったのは1990年(平成2年)のことであった[3]。
美濃町線の路線は2005年(平成17年)の廃止時こそ隣の関駅までだったものの、開業以来長きにわたって美濃市方面へ路線が伸びていた。電車は当駅を出発するとほぼ90度カーブし、終点の美濃駅に向かって北に進路をとっていた[4]。しかし、この美濃駅までの区間は利用客の少ない末端区間であったことから1999年に美濃町線の他の区間に先立ち廃止される。当駅と関駅を結ぶ区間はこの廃止と同日に開通したもので、美濃町線で美濃市方面へ通じることができなくなった代わりに、関駅から長良川鉄道越美南線に乗り換えることでその目的に応えようとするものであった。ただ、前述のとおり美濃町線は2005年(平成17年)4月1日をもって全線が廃線となり、当駅も廃止された。関駅までの区間は開通からわずか6年での廃止であった。
沿革
- 1911年(明治44年)2月11日 - 美濃電気軌道の神田町駅(のちの岐阜柳ヶ瀬駅) - 上有知駅(のちの美濃駅)間の開通と同時に関駅として開業[5]。
- 大正初期 - 美濃関駅に改称[5]。
- 1923年(大正12年)10月5日 - 新美濃関駅に改称[5]。
- 1924年(大正13年)ころ - 新関駅に改称[5]。駅名の読みは「しんぜき」[3]。
- 1930年(昭和5年)8月20日 - 美濃電気軌道が名古屋鉄道(初代。同年中に名岐鉄道に改称し、1935年より名古屋鉄道に再改称)に合併。同社の美濃町線の駅となる[5]。
- 1958年(昭和33年)3月15日 - 新駅舎完成[5]。
- 1990年(平成2年)3月21日 - 駅名の読みを「しんせき」に変更[3]。
- 1999年(平成11年)4月1日 - 美濃町線の当駅 - 美濃駅間が廃止。同日に当駅 - 関駅間が開業[6]。
- 2005年(平成17年)4月1日 - 美濃町線の廃止に伴い廃駅となる[6]。
