日本狂詩曲
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→「伊福部昭 § 来歴」も参照
伊福部が北海道帝国大学を卒業してすぐに、友人の三浦淳史が文通していた指揮者ファビエン・セヴィツキーに献呈する為に書いた曲[2]で、彼の初めての管弦楽曲として知られる。この曲によりアレクサンドル・チェレプニン主催の作曲コンクールであるチェレプニン賞第一席を受賞し、楽壇にデビューを飾ることとなる。
1936年4月5日、セヴィツキー指揮ボストンピープルズ交響楽団によりボストンのニューイングランド音楽院ジョーダン・ホールにて初演[3]。当地の各新聞の批評欄において絶賛された。1939年6月18日、小船幸次郎がフィンランド放送交響楽団を指揮した放送コンサートにおいて第1楽章「夜想曲」が放送されたが、放送を聴いたシベリウスが小船に電話をかけ、伊福部の「夜想曲」を褒めたという。
編成
通常の三管編成であるが、打楽器9人、ハープ2台、ピアノ1台を要する。
| 木管 | 金管 | 打 | 弦 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| Fl. | 2、ピッコロ | Hr. | 4 | Timp. | ● | Vn.1 | ● |
| Ob. | 2、コーラングレ | Trp. | 2 | 他 | バスドラム、スネアドラム2(スネアを外したもの、および通常のもの)、シンバル、タムタム、カスタネット、タンブリン、ウッドブロック | Vn.2 | ● |
| Cl. | 2(うちEsクラリネット1)、バスクラリネット | Trb. | 3 | Va. | ● | ||
| Fg. | 2、コントラファゴット | Tub. | 1 | Vc. | ● | ||
| 他 | 他 | Cb. | ● | ||||
| その他 | ハープ2、ピアノ | ||||||
なお、作曲者はしばしば、スコア上における打楽器の代わりに、次のような民族楽器を用いるよう指示している。
| スコア上の楽器名 | クラベス | ウッドブロック | スネアドラム | カスタネット | シンバル |
|---|---|---|---|---|---|
| 東響による録音(1961年)[4] | 歌舞伎の拍子木 | 祭太鼓の胴打ち | 桶胴 | 拍板 | - |
| 日フィルによる録音(1995年)[5] | - | ラリ | - | 拍板 | 鐃鈸 |
曲の構成
当初は3楽章形式であったがチェレプニン賞の応募規定に合わせるため、当初第1楽章であった「じょんがら舞曲」をカットした。これは後に交響譚詩の第2楽章で使われた[6]。 現行の版が決定稿であり、第1楽章「夜想曲」、第2楽章「祭」の2つの対照的な楽章からなる。
楽譜
楽譜はチェレプニン・コレクションNo.24として出版された[7]。