時久省吾

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愛称 トキ
カタカナ トキヒサ ショウゴ
ラテン文字 TOKIHISA Shogo
国籍 日本の旗 日本
時久 省吾
名前
愛称 トキ
カタカナ トキヒサ ショウゴ
ラテン文字 TOKIHISA Shogo
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1984-04-15) 1984年4月15日(41歳)
出身地 福岡県行橋市
身長 187cm
体重 83kg
選手情報
ポジション GK
利き足 右足
ユース
2000-2002 日本の旗 大津高校
2003-2006 日本の旗 早稲田大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007-2009 日本の旗 ヴァンフォーレ甲府 0 (0)
2010-2011 日本の旗 ギラヴァンツ北九州 3 (0)
2012-2014 日本の旗 FC岐阜 56 (0)
通算 59 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

時久 省吾(ときひさ しょうご、1984年4月15日 - )は、福岡県行橋市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはゴールキーパー

生い立ち

小学校2年でサッカーを始め、行橋FC、リミットレスFCを経て、大津高校に入学。1年時にU-16日本代表に選出され、3年時の全国高等学校サッカー選手権大会では、大会優秀選手に選ばれた。その後日本高校選抜として、デュッセルドルフ国際ユースサッカー大会に出場した。

2003年早稲田大学に進学。同年5月、特別指定選手として東京ヴェルディ1969に登録された[1]2005年8月、ユニバーシアード・イズミル大会では正GKとして優勝に貢献[2]。その帰りに徳永悠平兵藤慎剛とともに、1週間バレンシアCFの練習に参加した[3]2006年2月には清水エスパルスのキャンプに練習参加[4]。2005年と2006年にデンソーカップサッカー全日本大学選抜、2006年に関東大学選抜Aにそれぞれ選ばれた。

クラブ

ヴァンフォーレ甲府

2007年ヴァンフォーレ甲府に入団するも[5]鶴田達也阿部謙作桜井繁とGK4人体制だったため出場機会には恵まれず、鶴田と桜井が退団した2009年にはこの年に加入した荻晃太が即座に正GKとなったため出場機会はなかった。

ギラヴァンツ北九州

2010年J2昇格を果たしたギラヴァンツ北九州へ移籍した[6]。移籍後はJリーグ初出場を果たすも、水原大樹佐藤優也の牙城を崩すには至らなかった。

FC岐阜

2012年、出場機会を求めFC岐阜へ移籍[7]。当初は野田恭平多田大介に次ぐ第3GKであったが、6月13日の東京V戦で移籍後初出場を果たす。この試合は1-4で大敗したが、それ以降は正GKに定着。シーズン終了までポジションを譲らず、自己最多の24試合に出場した。2013年は初めてレギュラーとして開幕を迎えたが、15試合でわずか1勝しかできずに新加入の高木貴弘にポジションを譲った。その後再びポジションを取り戻し昨季を上回る29試合に出場したが、J2で優勝したガンバ大阪に2-8で大敗したこともあり終盤戦は再びベンチを温めた。ラモス瑠偉が新監督に就任し、元日本代表W杯4大会連続出場の実績を持つ川口能活が加入した2014年は控えに甘んじ大幅に出場機会を減らした。

11月27日、FC岐阜の公式サイトで契約満了と発表された[8]

2015年2月、現役引退と大阪学院大学サッカー部のゴールキーパーコーチ就任が発表された[9]

特徴

  • 恵まれた体格を生かしたプレーは安定感抜群であり、キックの正確さに定評がある[5]。また、岐阜移籍後はPKストッパーとしても名を馳せる。

所属クラブ

ユース経歴
プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2007甲府30J100000000
2008J200-0000
20092200-0000
2010北九州2120-0020
20113010-0010
2012岐阜31240-00240
2013290-10300
201430-0030
通算日本J1 00000000
日本J2 590-10600
総通算 5900010600
  • 2003年は特別指定選手

代表

タイトル

代表

個人

脚注

関連項目

外部リンク

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