曽谷龍平

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (2000-11-30) 2000年11月30日(25歳)
身長
体重
183 cm
83 kg
曽谷龍平
オリックス・バファローズ #17
2023年4月30日 京セラドーム大阪
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 奈良県生駒郡斑鳩町
生年月日 (2000-11-30) 2000年11月30日(25歳)
身長
体重
183 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2022年 ドラフト1位
初出場 2023年4月26日
年俸 3800万円(2025年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
WBC 2026年

曽谷 龍平(そたに りゅうへい、2000年11月30日 - )は、奈良県生駒郡斑鳩町出身のプロ野球選手投手)。左投左打。オリックス・バファローズ所属。

プロ入り前

斑鳩町立斑鳩小学校1年生の時に野球を始め、斑鳩町立斑鳩中学校在学時は硬式野球のクラブチームである志貴ボーイズでプレーした[2]

自立して野球をすることに憧れていたこともあり、高校は地元の奈良ではなく、秋田の明桜高等学校に進学[3]。1年夏からベンチ入りし、2年夏には控え投手として同学年の山口航輝と共に第99回全国高等学校野球選手権大会に出場した。同大会では二松学舎大付との初戦(2回戦)、1-11と大量リードを許した8回表から救援登板して2回3失点[3]。チームもそのまま敗れた[4]。3年夏は秋田県大会決勝で吉田輝星擁する金足農業高校に敗れた[5]。1学年下に工藤泰成がいる。

白鷗大学に進学し、1年秋からベンチ入り。3年時からエースとして活躍し、同年秋のリーグ戦では4勝、防御率0.24の好成績を記録し、最優秀選手、最多勝など多くのタイトルを受賞した[6]。4年時にはハーレムベースボールウィークの日本代表に選出された[7]

その後、2022年9月16日にプロ志望届を提出すると[6]オリックス・バファローズが曽谷をドラフト1位指名すると公言。そして、10月20日に行われたドラフト会議にて、オリックスから単独1位指名を受け、11月24日、小山市内のホテルで契約金は1億円プラス出来高払い5000万円、年俸は1600万円(金額は推定)で合意した。背番号は17[8]。担当スカウトは岡崎大輔[9][10][11]

オリックス時代

2023年は開幕を二軍で迎え、4月25日にリリーフとして出場選手登録され[12]、翌26日の北海道日本ハムファイターズ戦で3点ビハインドの8回裏からプロ初登板。1イニングを投げ、2奪三振を含む三者凡退に抑えた[13]。この試合を含めて3試合のリリーフ登板を経て[14]、5月4日に登録抹消[15]。二軍では先発調整を続け、田嶋大樹が左前腕の張りで出場選手登録を抹消されると、その代役として6月7日の読売ジャイアンツ戦でプロ初先発となったが[14]、4回2/3を7安打1四球3奪三振2失点(自責点1)という内容[16]でプロ初黒星を喫した[17]。その後は登録抹消と再登録を繰り返しながら[18]、6試合に先発登板したものの、白星は挙げられず。レギュラーシーズン最終戦となった10月9日の福岡ソフトバンクホークス[19]では6回1安打2四球5奪三振無失点[20]、二塁を踏ませない力投でプロ初勝利を挙げた[21]。ルーキーイヤーは一軍で10試合(7先発)に登板し、1勝2敗・防御率3.86を記録[22][注 1]。オフに現状維持となる推定年俸1600万円で契約を更改した[18]

2024年は3月13日の春季教育リーグでアクシデントにより1回2失点で降板。大事には至らなかったものの[24]、続く同20日のオープン戦では4回5失点と結果を残せず[25]、開幕を二軍で迎えた。4月7日の千葉ロッテマリーンズ戦でシーズン初登板初先発となったが[26]、3回0/3を4失点で敗戦投手となり、翌8日に登録抹消[27]。中10日で4月18日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦に先発し[28]、5回無失点でシーズン初勝利を挙げた[29]。その後も登板間隔が空くことによる[30][31][32]登録抹消がありながら[33][34][35]、先発ローテーションの一角を担ったが、7月12日のロッテ戦で6回2/3を投げ、1失点(自責点0)で敗戦投手となって[36]以降は、この試合を含めて6戦6敗[37]。同期間では36回1/3を投げて自責点9ながら、味方の得点がわずかに1と打線の援護に恵まれなかったものの[38]、8月30日の楽天戦では6回無失点の好投でシーズン6勝目を挙げ[39]、自身の連敗を止めた[40]。6月25日の再登録以降は登録抹消されることなく先発ローテーションを回り[41]、9月26日のロッテ戦でシーズン最終登板[42]。交流戦中から右手首に痛みを抱えており、10月2日には右手有鈎骨摘出術を受けた[43][44]。この年は20試合の先発登板で7勝11敗・防御率2.34を記録[45]。オフに2200万円増となる推定年俸3800万円で契約を更改した[41]

2025年は開幕前に胃腸炎で実戦登板から離れた期間がありながらも[46]、自身初の開幕ローテーション入りを果たした。4月終了時点では、4先発で1勝2敗・防御率3.86という成績であったが[47]、5月に入ると、2試合連続で7回無失点と好投[48][49]。さらに5月18日の埼玉西武ライオンズ戦では、9回4安打無四球6奪三振1失点の快投でシーズン4勝目をプロ初完投で飾った[50]

2026年1月26日、3月に開催される2026 ワールド・ベースボール・クラシック 日本代表の追加メンバーに選出された[51]

選手としての特徴

2024年シーズンの投球データ[52]
球種配分
%
平均球速
km/h
被打率
ストレート 43.6147.8.294
フォーク 28.3139.1.254
スライダー 20.6128.3.170
カットボール 7.4138.6.273

ゆったりとしたフォームのスリークォーター[53]から投じるスライダーが武器[54]。斜めに大きく曲がるのが特徴で[55]、白鴎大学時代の友人から“ジェッスラ”ジェットコースタースライダー)と命名されている[56]

持ち球はその他に最速154km/hのストレート[57]カットボール[58]、鋭く落ちるフォーク[59][注 2]がある。担当スカウトの岡崎大輔は2026年のWBC日本代表選出時点の曽谷について「スライダーがよくて、フォークもよくて、世界で通用するボールを持っている選手」と評する[11]

大学時代は藤倉多祐監督の方針でチェンジアップは使わず、右打者には入ってくるボール、左打者は逃げるボールだけで打者と勝負していた[53]

人物

目標とする選手は山本由伸[61]

幼少期はオリックスファンで、8歳当時に曽谷が20歳の自らへ宛てて書いた「おとなになったらプロやきゅうにはいりたいです。20さいになったらオリックスにはいってください」という手紙を14年後の22歳で実現させた[9][62]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2023 オリックス 1070001200.33313832.23301501272016143.861.47
2024 202000071100.389490119.0112427011171037312.341.17
2025 21211018800.500486114.1125725181023055514.011.31
通算:3年 5148101162100.4321114266.0270116711024660108963.251.27
  • 2025年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績



投手












2023 オリックス 101610.875
2024 205920.875
2025 21416001.000
通算 51103130.932
  • 2025年度シーズン終了時

記録

初記録
投手記録
打撃記録

背番号

  • 17(2023年[8] - )

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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