木村草弥

From Wikipedia, the free encyclopedia

誕生 木村 重夫
(1930-02-07) 1930年2月7日
日本の旗 日本京都府城陽市
死没 (2023-06-12) 2023年6月12日(93歳没)
職業 詩人歌人
言語 日本語
木村 草弥
(きむら くさや)
誕生 木村 重夫
(1930-02-07) 1930年2月7日
日本の旗 日本京都府城陽市
死没 (2023-06-12) 2023年6月12日(93歳没)
職業 詩人歌人
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
最終学歴 京都大学仏文学中途退学
公式サイト 木村草弥の詩と旅のページ
テンプレートを表示

木村 草弥(きむら くさや、1930年2月7日 - 2023年6月12日)は、日本歌人詩人。本名は夫(しげお)。

京都府綴喜郡青谷村(現在の城陽市)の宇治茶問屋・丸京山城園製茶場の経営者であった木村重太郎とトヨの三男として出生。姉兄妹六人きょうだいの四番目である。太宰治が『パンドラの匣』の元とした日誌の書き手である木村庄助は長兄[1]であり、大阪大学教授、国立国際美術館館長、兵庫県立美術館館長などを歴任した美術史家の木村重信は次兄。

青谷小学校京都府立桃山中学校(旧制)を卒業後、1948年大阪外事専門学校(後の大阪外国語大学、現在の大阪大学外国語学部)フランス語科入学。同級生に言語学・国語学者の玉村文郎田辺保らがいた。

1949年7月、学制改革により新制の京都大学文学部に入学、仏語仏文学を専攻。同級生に小松左京一海知義高橋和巳宗政五十緒脇田修村井康彦小野信爾中川久定山田稔らがいた。文芸など遊学に没頭し同校に7年間在籍するが、結核を発病し1年間入院。その後、回復。

1956年、在籍期間満了のため同校を中途退学。家業の宇治茶問屋の経営を継ぐ[2]2002年3月以後、リタイア生活に入る[3]

2023年6月12日急性心不全のため死去[4]93歳没

著書

  • 歌集
    • 『茶の四季』 角川書店 1995年 ISBN 4048714856
    • 『嘉木』 角川書店 1999年 ISBN 4048717650
    • 『樹々の記憶』 短歌新聞社 1999年 全国書誌番号:99107185
    • 『嬬恋』 角川書店 2003年 ISBN 4046517026
    • 『昭和』 角川書店 2012年 ISBN 978-4046525208
    • 『無冠の馬』 KADOKAWA 2015年 ISBN 978-4046529503
    • 『信天翁』 澪標 2020年 ISBN 978-4-86078-467-6
  • 詩集
  • 紀行歌文集
    • 『青衣のアフェア』私家版
    • 『シュベイクの奇行』私家版
    • 『南船北馬』私家版
  • 評論・評伝
    • 香川進の自由律短歌についての私的考察」(「地中海」誌1994年~1995年)
    • 「作歌工房─日本の詩歌の韻律に関して」(「新短歌」誌1996年~1997年)
    • 「座右の歌─小野茂樹」(「地中海」誌1998年10月号)
    • 「インド文学散歩」(「鬼市」誌10号1999号年6月)
    • 恭仁京大伴家持」(「未来」誌2001年8月号) 
    • 『四季の〈うた〉─草弥のブログ抄』 澪標 2020年 ISBN 978-4-86078-496-6
    • 『四季の〈うた〉─草弥のブログ抄<続>』 澪標 2021年 ISBN 978-4-86078-511-6
    • 『四季の〈うた〉─草弥のブログ抄<三>』 澪標 2021年 ISBN 978-4-86078-516-1

参加アンソロジー

評価

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI