朴正眞
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 生年月日 | 1976年5月27日(49歳) |
| 身長 体重 |
182 cm 83 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1999年 1次ドラフト |
| 初出場 | 1999年4月22日 |
| 最終出場 | 2017年9月26日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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選手歴 | |
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コーチ歴 | |
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この表について
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朴正眞 (パク・ジョンジン、朝鮮語: 박정진、1976年5月27日 - )は韓国プロ野球・ハンファ・イーグルスに所属していた大韓民国出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。表記は「朴正真」となることもある。
1999年新人ドラフトで1次指名を受けてハンファに入団した。
2001年シーズンから2004年シーズンまで先発とブルペンでともに起用されたが、2004年韓国プロ野球兵役忌避事件に関与したため、翌2005年公益勤務要員となった。
2008年2月に解除され、2009年に2ホールドのみを記録した。当時監督だった韓大化がリリーフの左腕が足りないと判断し、2010年は56試合に登板して79.1イニングで2勝4敗、10セーブ、6ホールド、3点台の防御率を記録してチームで最も優れたセットアッパー兼クローザーになった。
2011年にも勝ちパターンの継投で起用され、監督推薦選手で自身初めてオールスター戦に選ばれた。同年は64試合に登板して86イニングの間7勝6敗、7セーブ、16ホールド、3点台の防御率を記録した。
2012年には64試合に出場して3セーブ、12ホールドを挙げたが肩の痛みで二軍に降格することもあり、49.1イニングで5点台の防御率と振るわなかった。
2013年シーズン終了後、FAを申請して2年総額8億ウォン(契約金3億ウォン、年俸2億ウォン、オプション1億ウォン)の条件でハンファに残留した。
2015年に当時の金星根監督が構想した必勝リリーフパターンを權奕、尹奎眞と共に支えた。同年は76試合に登板して96イニングで6勝1敗、1セーブ、15ホールド、3点台の防御率を記録して過去3年間の不振から脱し第2の全盛期を迎えた。
2016年の成績は4勝4敗、6ホールド、5点台の防御率で前年より悪化した。しかし同年の韓国プロ野球10チームでの最多記録となる77試合に登板した。
2017年は3勝2敗、1セーブ、7ホールドにとどまったが3点台の防御率、0.222の被安打率を記録した。2017年シーズン終了後に再びFA資格を取得して2年総額7億5,000万ウォンの条件で残留した。41歳でのFA選手としての契約は韓国プロ野球史上最年長記録だった[1]。
だが2018年は1試合も登板できなかったため、同年限りで契約期間を1年残しながら現役を引退、ハンファのフロントに転身した。2020年よりハンファのブルペンコーチとなった。2025年限りで退団した。